はじめに
談話室第一回競作企画
このお話は某所で参加者がテーマを言い合い、おみくじで決めた三つのテーマに沿って小説を書くという企画で書いたものです。
私が引いたテーマは【ジグソーパズル】【黄金色の奇跡】【パニック】というワード。
リアルが忙しかったせいか、展開が速かったりしますがどうかお許しを。
すぐ読み終えられるので、暇な時間にでもどうぞ。
【ジグソーパズル】【黄金色の奇跡】
ジグソーパズル、というものをご存知だろうか。
1枚の絵をいくつかのピースと呼ばれる小片に分け、ばらばらにしたものを再び組み立てるというタイプのパズルだ。
けどどうだろうか、一枚の絵というヒントが無ければジグソーパズルの難易度というものは格段に上がるのである。
起源は地図職人が子供の教育の為に作ったということからも考えるに、本来は頭を鍛える、そう知恵の輪の様なおもちゃにあったに違いない。
そしてそれは今でも続いている流れだろう。
少女は先が見えない未来に、1ピースをはめ込む。
それは人生という名のジグソーパズルであり、それを構成する時間という名の1ピース。
もし、このジグソーパズルを完成したのならば。その完成した褒美は何であろうか。
完成されたその絵は、どんな絵になるのだろうか。
*
「……」
――かれこれ何年が経ったであろうか。
少女はふと考えてみることにする。
あれは……そうだ、私が中学生の頃の事だった。
勉強も運動も可もなく不可もなく出来る普通の、そう、普通のありきたりな生徒であった。
そんな特徴も無い私はいつしかクラスの中で誰からも見えなくなっていた。
前触れも何も無いそれは波が起きるかのように、自然に少女の前から友達を攫っていった。
そして私は波が引くかのように教室から、学校から消えていったのだった。
兎にも角にも世間一般的に伝わる引き篭もりというものは、決して私の事を指すのでは無いと考えていた。
引き篭もりとは、人がある程度狭い生活空間の中から社会に出ない事を言う。
具体的には、自分の部屋でほとんどの時間を過ごし、学校や会社には行かない状態、あるいはそのような人であるとされる。
……と、wikipediaには書かれていた。
確かに学校には行かなくなった。しかし前者である「人がある程度狭い生活空間の中から社会に出ない事」には当てはまらないからだ。
「おばあちゃん、やっほー。また遊びに来たよー」
何故なら私は祖母の家に逐一遊びにいっているからだ。
普通の私と同様、世間一般的にイメージされる「おばあちゃん」をそっくりそのまま鏡に映したような普通の祖母であった。
都会から離れた祖母の家は平屋の一軒家であり、縁側からは祖母が手入れをしている野菜畑が顔を覗かせる。
「今日は暑いからお昼は素麺にしようね」
屈託のない笑みで、畑仕事から帰ってきた祖母が私の姿を見るなりそう言った。
ちなみに素麺は私の大好物だ。こんな暑い夏には最適である。
祖母の片手には一房のとうもろこしが握られていた。太陽の光を十分に浴びて育ったそれは眩しいくらいに輝いていて、
いかにも甘みが凝縮されていそうなほど、大きなコーンが凝縮されていた。
そんなとうもろこしに負けないくらい明るい祖母の顔に、私はいつもつられて笑うのだった。
「楽しみだな、おばあちゃんの手作り」
*
「…………」
あの頃はただただ純粋に幸せだったのだと思う。
あの場所に居れば自然と悩むことなんか無かったし、毎日が輝いていた。
目が眩むような陽の光。
八月の太陽が白く透き通った少女の体を照りつける。
少女は大きな麦わら帽子を被り、白いワンピースを着ていた。
時折風が吹いて艶やかな長い髪が靡く。
明るい日射しとは対称的に彼女の顔は悲しみにもとれるような表情で一点だけを見つめていた。
私と祖母で暮らしていた、家を。
今は誰も住まうことのないその無人の家を。
庭の手入れがされなくなった祖母の家は、蔦が伸び放題で、廃墟としか形容するしかない有り様となっていた。
それは誰一人この家を訪れなかった事を意味するのだが、ここにやってきた少女にはなんら関係の無い事だった。
インターホンを鳴らさず、無断で玄関へ上がり込む。
無人の家はあの時から時間が止まったかのように、小さな花瓶から机に置いてある物まで何一つ動いてはいなかった。
玄関で靴を脱いで廊下を通り、祖母と二人で毎日食事をしていた居間について、そこで初めて少女は足を止める。
アンテナの付いた小さなブラウン管のテレビ、壁に取り付けるタイプの小さな扇風機。
ざらざらとした土壁に、日付の止まったカレンダー。
全てがあの日のままで、あの日から時間は止まっていた。
居間から見える、小さな台所。目蓋の裏には紛れも無い祖母が映っていた。
縁側からみた輝いていたあの風景は今では霞んで見えてしまう。
祖母が育てていた野菜畑も掘り返され、ただの荒地が続いていた。
ずっと見ていると、なんだか世界の終わりのようなものを感じて、
もしかしたら世界の終わりはこんなにも静かなのかな、なんて思って。
時が過ぎるのを感じるまで、荒廃した地を眺めていた。
「………………」
段々、意識が遠のいてきた。
それが何なのか、分からないけども。感覚的には理解していた。
少女が振り返り、早足で二階へ赴く。
みしみしみし、と階段を一つ一つ歩くたびに軋む音がする。
天井には主を失った蜘蛛の巣が所狭しと張られていた。
それを構わず、階段を上り、二階の一室へと辿り着く。
その部屋は、まるでそこだけ切り取られたかのように。
一つの窓と、周りを囲む土壁と、そして、
一つのジグソーパズルと大量のピースがそこにあった。
奇怪な光景に少しの間立ち尽くして、おもむろに1ピースを摘み上げる。
何の変哲も無い、ただの1ピース。
たったそれだけのことなのに。その1ピースは妙な存在感があった。
このジグソーパズル。完成されたその絵には何が写っているのだろうか。
疑問は、好奇心へと変わり、少女は絵を創るべく大量のピースを掴む。
「……………………」
縁を埋めて、似ている柄同士のピースを合わせて、まとめていく。
数刻が経った今でも少女の手は止まらなかった。
ピースを掴む度に、絵が創られていく。
その絵は、ある夕暮れの絵だった。
ようやく完成したジグソーパズルの絵を見て、はたと気づく。
少女はこの絵の風景を見たことがあった。
「あっ」
知っている。
この場所を、知っている。
ジグソーパズルを胸に抱えながら、一気に階段を駆け下りて、その場所へ走る。
家を出て、祖母から教えてもらった秘密の道。その先に、ある筈なのだ。
秘密の道という名の裏庭の小さな獣道を風のように突っ切っていく。
――その絵は太陽を背にした向日葵畑の絵だった。
はあはあ、と息を切らしながら辿り着いた少女は胸に抱えた絵と目の前に風景を何度か見て、
そしてその場に、へたりと座る。
夕暮れの沈みかける太陽を背に、黄金の輝きを放つ向日葵たち。
眩しくて、美しくて、天に向かって強く生きている。
そんな向日葵たちを、祖母は見せたかったのかもしれない。
黄金色の奇跡を。
「――そっか」
そんな景色に感動したのかもしれない。
やっと自分の中で認識したのかも知れない。
「ばーちゃん、もう、いないんだよね……」
涙を浮かべながら、向日葵畑に笑いかけてみせる。
まるで目の前に祖母がいるかのように。
そんな祖母を不安にさせまいと、力強く笑ってみせる。
「頑張るから、私頑張るから」
その日見た、向日葵畑の景色は、どこか幻想的で。
生涯、ずっとあの景色は脳裏に焼きつくだろう。
それくらい印象的で、力強くて。
この世界が終わるまで、ずっと生きていこうと。
そう、思えた日だった。
【パニック】
非常識な光景がさも常識のように映ってると、妙に不安に感じてしまう。
隔離病棟のとある一室。
白で埋め尽くされたその部屋は、清潔を表す白はどこか病的なイメージさえ抱いた。
その部屋のベッドで、一人、ただうわ言のように独り言を呟く少女がいた。
ばーちゃん、ばーちゃん、頑張るから、と
悪夢にうなされてるかのように。ただ、毎日、そう呟き、目を覚ますことは無かった。
*
そんな彼女が目を覚ました。
睡眠薬を過剰に摂取して、ずっと目を覚まさなかった少女が、目を覚ました。
現場に居合わせた看護士が言うには凄惨なものだったらしい。
少女は、ばーちゃんは、ばーちゃんは? と記憶が錯乱してるようにも見えたらしい。
事実、錯乱していたのかもしれない。
長い髪を掻き毟り、奇声を張り上げ、発狂。
呆気に取られた看護師を押し倒し、部屋にあった窓から身を投げ打った。
*
後日、家族が来て担当医と話してるのを同僚から聞いた。
どうやら少女は小さい頃に養子として引き取られ、生活していたのだが、
養子先の父と母は年齢が高く、少女が迎えられた時には両者の祖母は亡くなっており、
また養子に引き取られる前の親達の祖母と少女は一切顔を合わせなかったそうだ。
となると、うわ言のように呟いていた ばーちゃん という人は誰であったのだろうか。
誰も、知る由も無かった。
End...
あとがき-
一週間弱の猶予。
東方以外の小説を書くのは久しぶりでした。
そんな訳で、バッドエンドなのかよく分からないお話でしたが、いかがでしたでしょうか。
少女が良い具合に謎、というか全部謎。
ってほど深い話ではないのですが、
一言で言えば、少女の世界。現実逃避した彼女の世界。
そんな世界に祖母と少女という二人しかいないのだから、現実である少女の境遇も可哀想なものに。
色んな推測が出来るので、そこらへんのアフターストーリーを考えるのも面白いかもしれませんねw
10/03/07
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