風見幽香のお花畑




「なんてこと」

ただならぬ様子で四季のフラワーマスター風見幽香がわなわなと震える。
目の前には綺麗に剥ぎ取られたような異様な光景。幽香を知る者なら恐怖するだろう、
ここは風見幽香の敷地。
向日葵の花畑での"花を傷つける行為"はつまり、風見幽香を敵に回す事───それは死刑を意味していた。
ああ、なんてことなんてこと。
幽香はその向日葵の茎から寸断されている辺りをいとおしそうに見つめ、誰がやったのかと思考する。
妖精かしら?ううん違うわね。彼女らは自然の権化とすら呼ばれる存在。花を傷つけるような行為なんてしない筈。
なら、そこらへんの妖怪?いや有り得ない。だって私を怖がってこの向日葵の花畑に近寄らないのだから。
だとするならば、
頭の中に一人の妖怪の姿が思い浮かぶ。
その妖怪がクスリと笑う様を安易に想像出来るからこそ、幽香の思考をそいつが犯人なのだと決定づけた。

「隙間妖怪の仕業ね……」

幽香は静かな怒りを内に閉じ込めながら、花の世話を始めた。 



「あら暑い夏の日に花の世話かしら?」 はた、と後ろから艶やかな声が聞こえた。 人を小馬鹿にするようなそれに幽香はやっぱりこいつが犯人だと再確認した。 というかこいつ以外に考えられない。 その犯人を背に、敵意ある声を剥き出しにして確認をする。 「一つ訊いていい?」 「ん、何かしら」 「ここのお花をめちゃくちゃにしたのは貴女?」 「ああごめんなさい、隙間を使った時に花がある空間ごと切り取っちゃったのね」 ああ、要するに事故であって自分は悪くない、と。 後ろの声、"八雲 紫"の言葉を解釈する。 「そういえば貴女、最強の妖怪なのね」 「ええ最強よ」 「最強の座は私のモノなの。……そうだ八雲紫、貴女と戦いたくなったわ」 その言葉に風見幽香と八雲紫の取り巻く空気が変わり、ぴりぴりとした緊張が辺りを包み込んだ。 聴こえるのは、蝉の鳴き声と妖精達の無邪気な笑い声。 けどそれも段々とぼやけていき、二人の声だけが鮮明に聴こえてきた。 「えー、面倒」 「あらあら私の畑を荒らしといてそれかしら。貴女に拒否権はあって?」 「……あー、はいはい。分かった分かったわ、やりましょう」 はあ、とため息をついて八雲紫は隙間を展開する。 きっと幽香は暇潰しがしたい、と。だったらここで断ったらメリットなんて無い。 まあしいて言えばデメリットは戦うことかしら、メリットとしては…… いや特に無い。 あー、貸し一つ作られるのか。「貴女、前私の誘い断ったわよね? だったら――」なんて、 それは嫌だなぁ、と紫は思案する。その表情は夏の暑さのせいかそれとも厄介ごとに巻き込まれたのか、 どうも顔に出てしまったようだ。 「なにその顔」 「いや、暑いでしょう? 表情に出たりするのは仕方ないじゃない」 「……」 じゃあ、はじめましょう。と幽香が言う。 その言葉を皮切りに紫が隙間を展開して二人をこの向日葵畑から隙間の向こうへと誘う。 「あまり戦いは好きじゃないのだけど」 やれやれと、紫は肩をすくめた。
――ぴちゃり 隙間の先の世界は驚くほど幻想的だった。 地面は鏡のように自分の顔が映り、1cmほどの水が地面を覆っていた。 その水面も、幽香が一歩進む度に波紋が広がっていた。 空は透明感のあるライトブルー、その空を大きな大きな満月で占めていた。 地平線の向こうまで見渡す限り何も無く、時折小さな風が吹くだけだった。 ……まさに幻想的な世界だった。 色という色がその存在を誇示すること無く、同調し、鮮やかな色模様を作っていて、 少し赤みかがった入道雲は満月と重なりあって綺麗だった。 まさにここが別世界なのだと実感せずにはいられなかった、それほど幻想的な世界で、幽香が見たことも無い景色がそこにはあった。 ふとおもむろに、幽香はお気に入りの日傘をさす。この傘はある程度の弾幕を防ぐ事が出来る優れ物、 そんな盾にもなりうる傘をくるくると回し、辺りを見渡す。 「隙間妖怪がいない」 この世界に幽香は独りだった。 いやこれこそ紫の思惑なんじゃないか、 独りと思わせじわじわと精神的にも体力的にも削っていくそのやり方は、隙間妖怪だからこそ出来る姑息な手段。 「生憎、独りは慣れてるわ」 ぴちゃりぴちゃり、 幽香は歩き出す。日傘をくるくると回しながら。 口元を少し吊り上げながら、今か今かと待ち望むその姿に 八雲 紫は困ったようにそれを眺める。 ここは幽香クラスのとんでもないやつと戦うには丁度いい世界だった、この世界には誰もいない。無だけが存在する世界。 だからこそ、好きなだけ暴れられるし何より被害が出ない。 「こりゃ本気でかかろうとしてるわね」 隙間の向こうから幽香の見えない"死角"から紫はため息まじりに呟く。 紫の思っていた″面倒″の範疇を超えていたせいか、それは落胆というよりも諦めに近かった。 「まあ……。たまにはいいかもしれないわ」 半ば吹っ切れたかのように呟くと、紫は隙間に飲み込まれるかのように消えていく。 久方ぶりの決闘に、紫は笑みを溢してしまう。 スペルカードルールすら無視された戦場に、思いを馳せながら。 ぴちゃり、ぴちゃり 水面が微かに揺れ、波紋は無限の彼方にへと広がっていく。 もし、その彼方が有限ならば、その有限は一体どういった要因なのか。その果てには崖がある?それとも──。 そんな戯けた事を考えるのは、ここがそんな世界だからだろうか。 「それにしても暇─― ッ!?」 その刹那、 幽香の周りに音も無くおびただしい数の隙間が展開されていく。 四方八方に埋め尽くされるそれは、幻想の世界を不気味な世界へと変貌させた。 幽香は依然として傘をくるくる回しながら事の成り行きを眺めている。 それは何を示すのか。何が、起こるのか。 隙間が展開され、幽香との距離はおよそ5メートル。 そこから紫が飛び出すには少しばかり遠すぎる。ならばそこから意味するのは──― ──シュッ 後方の隙間から一本の剣が水平に幽香向けて放たれる。 幽香はそれをひらりと避け、その剣が宙を切った。 避けられたその剣はそのまま隙間へと飲み込まれていき、闇へと溶け込む。 「成る程ね、ぎりぎりで避けさせた後が本命かしら」 ……そして幽香の手には一本の短剣。 それは始めの剣が投射されたすぐ後に音もなく投射されたものだった。 どれも幽香の死角を狙っていたもので、その刃先には毒が塗られていた。 触ると皮膚が爛れる系統の毒?いや酸といった方が適切か、 幽香はその一瞬の出来事を解析しながら目の前の虚空の闇へと話しかける。 「ちまちまとするのが貴女のやり方かしら?」 目の前の数多の隙間に挑発する。 この周りにある隙間は全てどこかとリンクしているのだろう、前方の隙間にナイフを投げれば後方の隙間からナイフが出てくるみたいに。 ということは幽香が目の前の隙間に弾幕を放ったとしてもそれが必ずとも紫の下に届くわけではないし、 逆にその弾幕がどこかの隙間とリンクして幽香自身に跳ね返ってくるのかもしれない。 「迂闊に隙間の向こうに攻撃出来ないって訳ね」 ならば、これを切り抜けるしか術はない。 幽香は前方に傘を広げ、後方、右方、左方の隙間に意識を向ける。 この四方八方の攻撃は背を向ける恐怖、油断から単純な攻撃でもひっかかる。 つまりは背さえ守れればこの四方八方に陥られない。 その幽香の動きを分かっていたかのように、それに合わせて隙間の向こうから大量の剣やナイフが幽香目掛けて勢いよく投射される。 その5メートルの間合いも意味を成さないような速さ。しかし幽香は平然とそれらを避ける。 ほぼ180度からの剣の攻めに、弾幕慣れした動きで確実に剣の軌道を読み、 その"穴"へ舞うが如くそれらを避け続ける様はまるで舞踏のよう。 幽香は知らないが、隙間から放たれる剣はどれも突きの方が強い西洋風のもので、 そのなかでも突きに強いレイピアが多く、しかし突き故に軌道は一直線で、まるで針みたいだった。 そんな事が起因してか知らずか、異変を起こした時に手合わせした巫女との戦いを思い出した。 最も、あの鋭い針は180度からくるようなものではなかったが。 幽香はくすりと笑って、幾万もの武器と対峙する。 ──からん 最後のナイフが幽香に弾き飛ばされ、ガラスの地面に落ちる。 幽香の周りには何千、何万の武器。その全てが錆びておらず、新品のように刃は綺麗だった。 まあ、あの妖怪なら新品同様の武器など安易に用意出来るだろう。 そんなことよりも。 「体が鈍ってたから丁度いいわね。……まあこんなので私に傷をつけられるなら弾幕遊びなんてやらないわ」 どこかにいる彼女に向かって挑発する。 幽香の言葉には「準備体操にもならない」という皮肉すら込められていた。 そして四方八方に巡らされた隙間が消えていく。 次いで、幽香の周りに散乱していた武器が隙間によって一瞬で回収された。 「見事な芸当ね。ただ私は攻める方が好きなの、早く出てらっしゃい」 それに答えるかのように、幽香の前方から隙間が一つ展開される。 やがて出てきたのは紫のドレスに身を包み、艶やかな金の長い髪をした八雲紫の姿。 手には日傘、お気に入りの帽子を被って、全ての秩序を捩じ伏せる大妖怪がそこにいた。 「避けるのは素早いのね。阿求の求聞史紀読んだら貴女、花畑から出ないとか書いてあったからてっきり鈍足かと」 「あら貴女もそんな事が言えた口かしら?この年増妖怪」 「年増妖怪?チェックのチョッキを着た年増妖怪ならそこに」 お互いがお互いを嘲笑し合う。その罵声はもはや自身を昂ぶらせる魔法の言葉。 二人を知っているものならば即座に逃げるだろう、それほどまでに二人のオーラは殺気に満ちていた。 この幻想的な世界に不釣り合いな程に。 紫がすっ、と右手を挙げる。 「準備はいい?」 「ええいつでもいらっしゃい」 紫の右手が降り下ろされた瞬間、二人の戦いが始まった。 幽香は一瞬にして紫との間合いを0にさせる。そのあっという間の出来事に紫は呆気にとられた。 そして傘を紫の喉元にあて、低い鋭い声で言い放つ。 「楽しくない」 「あら楽しくないのは私もよ」 ふっ、と紫が消えた。 隙間なんかではなく、まるでそれが幻だったかのように。 「楽しくない、楽しくない」 幽香の肩に紫は傘をトンと叩き、幽香の体がまるで泥のように崩れ落ちる。 「もらった」 頭上からの声に紫は咄嗟に隙間を開き弾幕を放つ。 クナイが一瞬にして幽香目掛けて吐き出される。 それを傘で薙ぎ払い、そのもう片方の手でマスタースパークを放つ。 魔理沙でさえ強力なマスタースパークをいとも簡単に出した。 光の粒子が厚みを増し、極太のレーザーが紫目掛けて照射される。 普通ならそれ相応の負担がかかるのだが、幽香はものともせずに使えた。 まさに、紫に並ぶ妖怪。 「直撃すると思った?」 「そんなわけないじゃない」 幽香が最強の矛を持つのなら、 紫は最強の盾を持っていた。 マスタースパークによって水が蒸発し、霧になったなか、 あの数秒の出来事から一瞬の判断で四重結界を張り巡らし、無傷の八雲紫がそこにいた。 霧が晴れる、その前に 「あら油断禁物よ?」 「ちっ」 後ろからの声に幽香は自分の迂濶さを呪った。 相手に見られない、ということは隙間妖怪にとっては反撃する好機。 霧のなかから幽香目掛けて真っ直ぐ来るわけでは無いのだ。それこそ距離すら無視した攻撃を死角から的確に狙ってくる。 紫から放たれるクナイ型の大量の弾幕が放たれ、視界が青と紫の閃光に妨げられる。 流れは幽香から紫に確実に渡った。 背後からの弾幕に、咄嗟に傘をさして防ぐ。 そして弾幕の向こうに佇む紫の姿を見届け、距離を計算する。……これくらいの弾幕、簡単に避けられる。 「甘い、甘いわ」 傘を仕舞い、弾幕の海へと飛び込む。 拡散する弾幕と幽香を狙う弾幕、それらの軌道を読み取り弾幕の穴から穴へと素早く移動する。 「幻想『第一種永久機関』」 スペルカードを使わずに発動するこの戦いが、"弾幕ごっこ"では無いことを幽香は再確認した。 だが、それがいい。拘束するモノなど何もないのだから。 紫の周り一帯が密度の濃い繭のようにぐるぐると弾幕が回っていた。 弾幕が発生するスピードは速いとは言えないが、その正確さ、弾幕と弾幕の間を縫うように軌道するそれはまるで結界を思わせた。 幽香は笑う、この勝負弾幕だけでは勝利なんて出来はしないと。ましてや四重結界並の強さじゃなきゃ渡り合えない、それを知ってるのは紫自身の筈だが。 さらりと避けて密度の濃い弾幕へ向かい右手を繭へと向ける。 「そんなもの、消し去ればいい」 煌々と輝く右の掌。 二度目のマスタースパークが照射される。 轟、と鳴り響くは雷鳴の息吹。 弾幕を消し去るには充分すぎる威力だった。 「幻光虫ネスト」 ───くすりと笑われた気がした 「この隙……」 背後からの光の弾幕が幽香を弾き飛ばす。ほぼ零距離から放たれたそれは人間ならば即死なのだが、 「いたたた、あの繭はフェイクだったのね」 「あのくらいでフェイク云々言われても困るわ」 不敵に笑う二人がそこにいた。 「……今ので頭が冴えてきたわ」 「あら、それはそれは」 ふぅ、と紫は隙間の上に足を組みながら座り幽香を見下ろしていた。 幻光虫ネストじゃ幽香に傷を付けてもかすり傷程度にしかならなかった。迂濶、これじゃ決定打が限られてくる。 パワーよりテクニック。 紫はそう自己分析した。霧雨魔理沙のようなパワーのある術はあまりないが、変わりに相手を追い詰める術はいくらでもあった。 ……相性が悪い、か。 最強と云われる妖怪、風見幽香、その最強は私とは違う"最強"だ。 分が悪い、出方次第では負けるか? いや痛いのはいやだわ、なんて思っている辺り、自分はまだ余裕なのだと気付く。 「随分と余裕なのね」 その声が聞こえた途端、幽香が眼前にいた。 直撃したはずの幽香の体には案の定かすり傷しか無かった。 全く、やりにくいったらありゃしない。 さっ、と紫は隙間を開き鉄塔を前方にいる幽香目掛けて放つ。 幽香は見たことがなかった。 こんな大きな鉄の塊を。だからこそ、前方にあるものが何なのか、素手で壊せるものなのか、それとも弾幕で消し去る事が出来るのか、その一瞬の判断の躊躇いに紫は次の手を打つ。 幽香が鉄塔を薙ぎ払う。 鉄の塊が幽香の手によってへの字に折れ曲がった。 金属が凹むような重低音が響き、鉄塔の向こうの紫へ突撃する。 紫は格闘戦が弱い。 幽香はそうみていた。 紫の懐に飛び込み、鳩尾狙いのストレートを打ち込む。 ……その筈だった。 ──右から、クスリと笑う紫が見えた。 「ち──」 体を捻り、次こそ紫を狙い蹴りを入れようとする。 「遅いわ」 また、避けられた。 力も速さも私の方が上の筈なのに。 心の中で悪態をつきながら幽香は思案する。 ……なにがいけない? 「あら、私は体術が苦手と思ってるのかしら?」 「…………」 紫がまたくすりと笑う。 「それなら正解、私は体術が苦手よ」 「は?」 弱点を話すだなんて、 裏があるとしか見えない。訝しげに紫を見る。 紫は続ける。 「でも効かないわ、貴女の攻撃を読むくらい容易いもの。二手先、三手先を読むものよ。だからこそ早い行動が出来る、貴女の上をいくスピードを掴む事が出来る」 少々喋りすぎたわね、と思いながら 紫は傘に手をかける。 次は結界を使うか、隙間か? 「ありがとう、紫」 幽香が衣服の汚れをとんとんと叩いて落としながら、落ち着いた声で話す。 「"服の汚れは落としておいた方がいいかもしれないわ"」 「どういう──」 その刹那、幽香がまた紫の懐へ潜り込む。 距離という概念すら忘れ去るほどのスピード、そして一瞬でブレーキをかける反動を利用しての、 「───!!」 幽香の右手が紫を捉えた。 その動きに合わせて紫は右半身を後ろに背け、拳を受け流した。 ──ピタッ 「!?……フェイント!!」 「遅いわ」 だん、と踏み込み、紫に膝蹴りが入る。 鈍い音がした気がした。 「ぐっ……」 これだけじゃ終わらない、終わらせない。 体を捻り、怯んだ隙に強力な右ストレートが 「続けざまに食らうと思った?」 「あら、見掛けよりタフなのね」 右手が紫の手によって止められた。 みしみし、と幽香の拳を砕かんとする力に、幽香は笑わざる得ない。 だって、楽しくなってきたから。 「マスタースパーク」 「四重結界」 右手が使えないのなら左手を使えばいい。 ……そんな考えもお見通しなのか、紫は左手で四重結界を展開し、ほぼ零距離の破壊光線を防ぎきる。 "だってそれくらい私でも予測出来たから" 「「詰めが甘いよ、紫」」 紫の背後にもう一人の幽香がにたりと笑って紫を見下ろす。 燦々と輝く両手は、まさしく先程のマスタースパーク。 「……なっ」 稲妻の轟くような爆音が辺りを支配した。 直撃した、その事実だけで充分。 最強と云われる妖怪もあれを食らえばひとたまりもない筈だ、それに四重結界の介入すら無い筈。 確かな手応えが、あった。 ──煙が晴れる。 「いない、か。まあでも薄々分かっていたわ、精々反撃のチャンスを伺っているか、それとも……」 二体の幽香が一人に戻っていく。 力すら同等の分身術、幽香には容易いことだった。 とん、と地上に降り立ち、 声高らかに、叫ぶ。 「逃げたか、妖怪の賢者。……これぐらいの攻撃で怯むような妖怪なんて最強と呼ばれる事を恥じなさい」
「───"詰めが甘いわ"」 先程、幽香が放った言葉が聞こえてきた。 言葉は続ける。 「ただまあちょっと驚いたわ。忘れてた、貴女の力を。……ああもう、ドレスが破れたじゃない」 それは大妖怪八雲紫の言葉。 その声色には微かに憤怒が入り交じり、この世界を震え上がらせる。 「まあ幸い、隠すべきところは隠せたけど」 「無様ね、大人しく負けましたって言えば──」 幽香の目の前に隙間が展開されていく。 大きな黒い大穴。その先は虚空。 "それが何であるかに"気付いた時には遅かった。 「……まさか隙間で飲み込んだ!?」 轟、と爆音が響き、雷撃の槍が幽香を直撃した。 燃え盛るような痛みが幽香の思考を邪魔していく。ああもう、私の力を利用する機転だけは正解。 だってこれは私の魔力だから。 "ただ判断が遅れたから直撃した"だけ、消し去ることなんて容易い。 爆音が消え去り、燃えような痛みが引いていく。 「無様ね」 幽香の後ろには紫がいた。 振り返らなくても分かる。今まさに切り刻んでやろうか、という声色だ。 「それで勝ったつも「八雲卍傘」──ちぃっ!?」 近距離からの卍傘に幽香は咄嗟に紫との距離を離す。 あんなもの下手な弾幕より、物質化しているから擦り傷じゃ済まないだろう。厄介、弾幕なら打ち消せるのに。 「無駄よ」 幽香との距離すら無視して隙間から卍傘と紫が現れる。 「二次元と三次元の境界」 地面から数多の斬撃を放ち幽香を襲う。その間も卍傘はスピードをあげながらこちらへ向かってくる。 あの斬撃自体にあまり力は無さそうだが、付加効果に気を付けなければいけない。それこそ二重の意味での足止め。 斬撃が当たるぎりぎりのタイミングで幽香は上空へ舞い上がる。 ……逃げてばかりじゃ駄目だ、此方からも仕掛けなきゃ──。 「卍傘は一つだけだと思った?」 周囲に数多の卍傘が隙間から放たれる。 あれに飲み込まれたら肉塊にされてしまいそうだ、いやあれぐらいなら大丈夫か? いつぞやの夏のばか騒ぎに紫が使っていた卍傘とは威力が全然違う。 正直、四方八方からくるこの攻撃、上か下に避ければいいだけの話。 ……問題は避けた時に何を仕掛けてくるか?紫の言う通りだ、次の手を考えなければ形勢は変わらない。 下は紫の放った斬撃が広がっている。 なら上?いや紫はそこまで読んでいる筈だ、ならば (下に避ければいい) (下が駄目だから上に、と見せかけて下といったところかしら) (……と紫が考えるのが定石か) 四方八方から襲いかかる卍傘をすんでのところで上空へ舞い上がる。 幽香がいたところに卍傘と卍傘とがぶつかり合い、不快な音が響き渡った。 「あら意外、読まれるなんてね」 ああそうだった、迂濶。 紫には隙間という"目"があるのだから、どちらにせよ仕掛けてくる事に変わりはない。 もしかしたら、 紫を過小評価し過ぎたのかもしれない。対峙したことが無いからこそ、相手がどうでるか分からない。 ……紫なら尚更だ。 「そろそろ終わりにしましょう?」 「それはこっちの台詞よ」 紫と幽香が同時に弾幕を放つ。 それぞれの弾幕が相殺しあうなか、二人同時に動き出す。 「魍魎「二重黒死蝶」」 「幻想「花鳥風月、嘯風弄月」」 威力は互角、 この幻想的な世界を彩るかのように、両者の弾幕は美しく、綺麗だった。 両者は至って元気だが、服がぼろぼろに見えるせいか身体も傷だらけになってるんじゃないかとすら思えてしまう。 紫は考える。 幽香は確実に私との戦い方を身につけている。ましてや攻撃に特化した彼女が戦う術を覚えてしまったのだ、"終わらす"と言っても面倒な事になりそうだ。 「永夜四重結界」 広範囲に渡る結界を展開する。 威力こそ他の結界に劣るが、周りの敵を一掃するには丁度良い。 「デュアルマスタースパーク」 分身した二人の幽香が同時にマスタースパークを放つ。 一つは永夜四重結界を、もう片方は八雲紫へ。 しかしそれすらも隙間に飲み込まれてしまう。 残されたのは大きな黒い亜空。あの爆音すら飲み込み、辺りは静寂に戻る。 そして両者の攻撃が轟く。 「「次で終わりにしましょう?」」 「と、その前に」 幽香が顎に手をあて、紫をぎろりと見詰める。 爬虫類のような鋭い赤い目、その目が紫を捉えた。 「"なんで私は植物を操らなかったのか"勘づいてるとは思ったけどね、その様子じゃ分かって無さそうね」 まさか、と紫が気付く。 いやそれでも幽香の言葉が何を意味しているのか分からなかった。……まさかハッタリ?ううん、そんな筈はない。 「紫奥義『弾幕結界』」 濃密の弾幕が一斉に発生する。 端から見れば綺麗なそれは、対峙する敵としては凶悪な弾幕。真っ直ぐ向かうならば、弾幕の海に飲み込まれてしまうだろう。 「私に弾幕は無駄よ」 「あら、そうかしら」 紫へ、確実に避けながら進む幽香。 まるで穴が見えてるかのように、弾幕と弾幕を抜けていく。 「これで終わりよ、紫」 紫にマスタースパークを放つ構えをとる幽香。 ここで一撃、一撃を決めれば── 「結界『魅力的な四重結界』」 幽香の眼前に四重結界が張られていく。 吸い寄せる力をもったそれは、成す術もなく、幽香を結界へ誘う。 ばちばち、と身体が結界に触れた時。 幽香はくすりと笑った。 「花符『幻想郷の開花』」 八雲紫は思い出す。 あの幽香の台詞を。 しかし、既に遅かった。 幽香と格闘したときに仕掛けられた"衣服についた極小の種"が幽香の力によって急速に成長した。 神経の麻痺、食虫植物、 全てが八雲紫を包み込み、めきめきと締め上げる。 「これなら貴女の隙間も使えないわ!隙間を使ったって綺麗に貴女だけを切り抜けるなら別だけど。  けど貴女は動けない、そして食虫植物の餌食になればいいわ。……尤も、そんなもので死ぬわけがないけど」 勝った、 幽香はため息を漏らすように呟く。 「ありがとう紫」 そして、"腕が焼け焦げた"風見幽香の意識は暗転した。

Ending

幽香が目覚めた時には辺りは戦っていた世界ではなく、ひまわりが燦々と輝くお花畑にいた。 「一本とられたわ、あなたに」 頭上から声がした。 まさしく紫の声だった。 私は仰向けのまま、ひまわりの天井から微かに見える青空を眺めながら、先程の戦闘のような荒々しい声とは程遠い落ち着いた声で紫の言葉を返す。 「いや、引き分けだわ。まさかあの時四重結界の他に貴女の卍傘が仕掛けられていたなんてね。引き分けよ、麻痺しても締め付けられても諦めないなんてね」 感慨深く、呟く。 あの時"紫を倒した"という油断、それが命取りだった。 「あら珍しい、貴女が引き分けにするなんて」 「そうかしら。そうだとしても勝った、という気にはならないわ」 「ふーん、あ、横いいかしら?」 「どうぞ」 幽香が仰向けになってる横に紫が腰かける。 地面はほんのり暖かくて、まるで包み込んでくれるかのようだった。 「貴女の能力なら私を瞬殺出来たんじゃない?隙間を使って、私の心臓を握ることくらい貴女にとって容易いことじゃない?」 「まあそんなことも出来るけど、けどそれは戦いじゃなくて一方的な虐殺よ。それに死んでほしくないわ」 「死んでほしくない?甘いよ、八雲紫」 「甘くて結構、私はこの甘さを捨てないつもりだわ」 ジリジリと夏の太陽が照りつける。 時々くる涼しい風が気持ち良い。もっとも日陰のお陰であまり暑くは感じないが。 「ここ、なんて素晴らしいのかしら」 「だって私のお花畑だし」 「全てのお花が燦々と輝いてる。貴女のため、幻想郷の為に懸命に咲こうとしているわ」 紫がそう言うと幽香は感心したように頷く。 「花を一つ、頂けないかしら?」 「……まあいいわ、戦いに挑んだのは私だし。ここは一つ貴女と一戦交えた証として。帰る時に選んであげる、貴女に似合う花を」 「それは楽しみだわ」 くすりと笑う様は、戦闘時のくすりとは少し違うような気がする。 なんとなく、優しいようななにかを感じた。 「そういえば昔、紫が幻想入りについて教えてくれたわよね」 「あれっ、教えたかしら?」 「"忘れないでよ"紫」 幽香が立ち上がり、日傘をさして一面の花畑を見つめながら、呟く。 「この世界にこんなにも花があるのなら、外の世界の花は可哀想だわ。こんなに綺麗なのに、忘れられるなんて」 「…………そうね」 「ねえ紫」 幽香が紫に向かう。 太陽を背にした姿は逆光でよく見えない。 「時間よ。貴女にこの花をあげる」 手から色んな花が差し出される。 「デルフィニウム、ニゲラ、ローダンセ。貴女には聞き慣れない花なのだろうけど。枯らさないようにしてくれれば嬉しいわ」 「ひまわり以外にもあるのね、ありがとう幽香。大切に育ててあげる。……式が世話すると思うけど」 それってどうなのよ、と幽香。 帰る間際、紫が隙間の向こう、マヨヒガに帰ろうとしたときだった。 「花言葉は……。ううん、今言うべきじゃないわね。  荒らさないならまた来てもいいわよ」 「今度はゆっくりティータイムとかしたいわね」 そして紫は隙間へと消えてゆく。 隙間が閉じても、幽香はずっと見つめていた。 「"語尾が変わる"なんてね……。あの高圧的な台詞を聞くのはもうない、か。なんだか寂しいわ、貴女が貴女なだけに」 太陽の花に囲まれながら、 幽香は誰にも聞こえない声で微かに呟いた。
fin...

あとがき

どうもこんにちは。秋が大好きな影猫です。 さて、幽香初登場です! 旧作や西方ネタも取り入れたかったですが、入れる部分が( ズボンだったり羽根がはえてたり、寝巻きだったり。そういったネタとかさり気に入れたかったなぁ。 話はとある夏の話。 紫が隙間で移動したさいにうっかり隙間で花を切り取ってしまったのが発端です。 とまあそこから戦いが繰り広げられる訳ですが。 まあ戦いについては省いても大丈夫かな? 出来る限り、作品に片寄らないスペカを使うようにしましたが、やはり萃と緋がイメージしやすい。ううむ。 幽香にいたってはもう少し力強さを表現できたら良かった。いやでもあれでも大丈夫そう? とまぁ戦闘に関しては特筆するべき所って無いんですよねw 問題なのは最後の話。 theAnotherStoryでも?と思った方もいるかもしれません。 今はまだ答えられないけども、あの二人の会話。 そして花言葉。 アイリス・アポロも良かったなー、2つあったけど。 と、今回のあとがきには紫さんが出ないのでした! 09/09/04 影猫 記

 

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