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 消えぬ虹に、消えぬ三日月



≫前編 


「……私は謝らなきゃいけない」
「どうして、ですか」

ベッドに横たわる紫の髪の女性が時折、咳き込みながら赤髪の少女に向かって話す。

「貴女を魔界から召喚したというのに……、貴女を、魔界に還せないなんて……」

赤髪の少女は思う。
この女はいつもそうだ、私は召喚された時点で魔法使いの"奴隷"のようなものなのに、彼女は私を同じ人間のように扱う。
だから、だろうか。彼女の死が近付いてる筈なのに、私の事を案じていたことに苛立ちを覚えた。

「なに、いってるんですか」
「私は……」

呼吸が乱れながらも言葉を紡ぐ彼女を見て、私は拳をぎゅっと握った。

「私の心配よりも、自分の心配をして下さいッ。私は、私の事なんかどうだっていいから……!」

私は彼女の枕元に薬を置いた。
私が仕事をしてお金を貯めて買った薬。今のご時世、薬を買うなんて行為はよほどの金持ちしかやらなかったため、私が金を差し出した時は薬屋が目を丸くしたのは今でも覚えている。

「私は……、貴女の元から去ります。それが一番の方法だから」

赤髪の少女は黒いコートを羽織り、毛糸のマフラーを持ってその家を出た。
彼女を、振り返らずに。出る間際、

「ありがとうございました、私は貴女を絶対に忘れません」

早口で喋った。
そうでもしないと、感情が溢れだしそうで、この決断が揺らぎそうだったから。
私に、悲しむ権利等無かったのだから。

「例を言うのはこっちの方よ。……ありがとう、美鈴」 

──バタン
扉が閉まる音を聞いて、赤髪の少女──美鈴はその扉にもたれ掛かって、はぁとため息をつく。

「あーあ、……これから行く宛も無いや」

季節は冬。
美鈴の眼前には白い雪が降り積もっていた。
妖怪の美鈴にとって寒さはあまり感じない方だったがさっきまでずっと暖炉にあたっていた。
そして急激に温度が冷えて美鈴はぶるぶると震えるのであった。

「…………」

───私は、逃げた。
何年も一緒に過ごして、そして彼女に死期が迫ると知ったら、その死ぬ時を見たくないがために、私はこの家を出ていった。
薬も彼女の発作を和らげるものでしかないというのに。
妖怪風情が魔女に薬をあげる為に人間界で雑用をして金を稼ぐなんて、自分でも笑いたいくらいだ。
そう、なんて私は馬鹿なんだろうか。

時に彼女の研究を手伝い、たまに喧嘩して──。
そんな平和な日常は、もうやっては来ないのだろう。
……けど仕方ない、
私がいたら、彼女は自分の体よりも私の身の振り方を考えるだろう。
──彼女が死んだ後を。
必死に考えてもらっちゃ困る、彼女には少しでも長く生きてほしいから。
それでも、涙が溢れてくるのは、
ただ単に後悔しているのか、
自分の行為を正当化しているその不甲斐なさに悔しくて泣いているのか
そんな事、どっちでも良かった。
……ホントに、どっちでも良かった。 

落ちてくる白い綿をぼーっと眺め、また、ため息をつく。
──こんな所で立ち止まってても駄目だ、歩こう。
美鈴の履いている踝のような靴は、魔女に言わせれば東洋風なものだと言っていた。
薄手の皮で作られたそれは、温度はよく通すがとにかく丈夫なのであった。
美鈴はようやく歩き出して、足にひんやりとした感覚を感じる。

──雪が積もっていた。
まるでさっきまで無かったかのように感じた。それほどまでに、美鈴はぼーっと虚空を見つめ、考えていた。
みし、みし、と歩く度に雪を踏みしめる音が鳴る。
それがなぜか可笑しくて、美鈴は何度も雪を踏みしめた。

みし、みし、みし、
みし、みし、みし

踏みしめてる間は目の前の現実から忘れられそうな気がしたから。
だから、私は黙々と前へ進んだ。
ふと上を見上げたら、新月だった。
弧を描いたようなそれは、雪が降る夜空を幻想的な絵にした。
街は人気がなく、ほとんどの住民が眠っていた。
最近は切り裂き魔なんてものが出没しているせいか、子供はおろか大人さえも外に出歩こうとしない。
雪が降るなか、珍しい赤い髪をした少女というのは不思議な構図になるだろう。
美鈴はその切り裂き魔に会ってもなんとかやってのけるだろう程度にしか思っていなかった。
ある程度の武術は会得してるし、気を使っての戦い方もマスターしてる。
何よりも、相手は人間なのだ。
いやもしかしたら妖怪や魔法使いの可能性もあるが、
そこは妖怪の勘というものかただ単に美鈴が考えていなかったのかは分からないが、そんな余裕をもっていた。 

「明日からは力仕事かな」

公園のベンチの雪を払い、腰掛ける。
雪はどうやら吹雪にはならず、しんしんと静かに落ちるのであった。

美鈴は回想する。
彼女と初めて出会った日の事を。


『はじめまして、悪魔さんいや、この場合は魔物?うーん、どうみてもヒトガタなんだけど……』 目の前の視界には紫の髪をした魔女が一人、本を片手にぶつぶつと呟いた。 『いや、見慣れない赤髪だし。もしかしてオリエントの人間?いやあそこは野蛮人しかいないし……』 周りを見渡すと蝋燭やら魔法陣等の召喚用の術式が揃っていた。 ああそうか、と美鈴は理解した。 私はこの目の前の魔女に召喚されたのだ。 召喚出来るということは呼び出す術者は私より強いということ、術者が強い妖怪を呼べば妖怪は反発して召喚は失敗する。 私を呼び出し、疲れすら見せない彼女は一体何者なのだと興味を持ち、第一声を放つ。 『あなたは誰ですか──』 と、敬語癖がついてるからだろうか、その丁寧な言葉遣いに魔女は吹き出した。 『……っ、あはははっ。……ごめんなさい、まさかそんな丁寧にしなくてもいいのに、 私はあなたを召し使いにするわけじゃないんだから』 『私は「  」よ、よろしくね。……えーと名前は?』 『美鈴です』 『めい、りん?貴女の特徴的な緑のドレスといい、ホントに東の地から呼んでしまったりして』 なんだろうこの魔女。 と不思議に思いながら美鈴は彼女の話を聞いていた。 彼女は姓をノーレッジと名乗った。 『知識』の意をもつその姓に美鈴は驚き、納得した。 ノーレッジは昔からその名に恥じない絶大な魔力を後世へと継いでいった。 その魔力は衰えるばかりか、強まっていると聞いた。 だがしかしそんな魔法の名門が、この少女というのはやはり驚かざるえない。 美鈴の中では年老いたイメージしか無く、それこそまさかこんな若い女が私より強いのだと嫌でも思い知らされ、 美鈴自身も気付かずに自身の拳を握っていた。 『そうだ、召し使いにしないというのはどういうことですか?』 『そのまんまの意味よ、最近じゃ召喚した悪魔を戦争に使ったり自分の欲のために色々とやるようだけど、 私としてはそういうんじゃなくて、ただ単に友達みたいな存在が欲しいなーとか思ってね』 ということは召喚という魔界への干渉のリスクを負うような大きな魔法も、 彼女の前では火を起こす程度にしか考えていないのか、 はたまた彼女の言う通り、友達が欲しいという願いに召喚を使ったのか。 勿論、召喚なんていう次元と次元を結び、別次元の生物を呼び起こすなんて魔法はちょっとやそっとじゃ発動出来ない。 複雑な魔法陣やら部屋には魔術的な要素を作りあげ、次元を結ぶゲートを作るための魔力を練り上げなければならない。 それに大抵の魔法使いは召喚に必要な魔力さえ足りずに失敗するのだ。 美鈴はもう一度、彼女をまじまじとみる。 紫の長髪に薄紫色の寝間着……じゃない、可愛らしいフリルがついたローブを羽織り、顔は色白。 その白さといったら一度も外に出たことが無いんじゃないかという程に。まるで西洋人形かのように顔立ちが整っていて、病的なまでに白い肌に目元の隈を見て美鈴はその目元の隈さえなければ一国のお姫様みたいだ、と思う。 だがしかしさっきの会話から察するに、意外と話好きなのかもしれない。 いや独り言が好きなのか、はたまた。けどまあ、美鈴は彼女が嫌いでは無かった。 『んじゃ友達ですね、よろしくお願いします』 『ええ、よろしくね』 魔女が辺りをとりまく結界を解くと、美鈴は魔法陣から出れるようになった。 そして、美鈴はようやく伸びをしてたまった息を吐き出すように深く深呼吸した。 『じゃあ、隣部屋の散らかった本を片付けてくれるかしら?』 『……へ?』 『ああ、まあ"一応"拒否権はあるのだけど。ほら、この家には貴女が喜びそうなものなんてなさそうだし、  私はずっと本を読んでると思うから。あ、この家からは出れないから。何かあって問題が起きたら困るし。  ……ということで、どうせ暇になるんだからそれくらいいいよね?うふふ』 『……貴女の素顔を垣間見た気がします。分かりました、確かに暇になるのは厄介ですし、  外に出て外界を楽しみたかったですがそれも無理なようですし』 『よろしくね』 魔女は美鈴に笑みを作って別の部屋に呼んだ。 廊下を歩き、その途中でこの家の事を魔女は話した。 ここは一軒家で、最近の魔法使いはあまり目立たないようにするため基本的には一般人と同じような生活をすること。 魔女の親は既に他界し、妹が一人いて、その子はどこかの名高い貴族の養子にいったということ。 ここにある本はノーレッジ家にあった本を少しだけ持ってきたのだということ。 『少しだけ……?』 美鈴は首を傾げる。 目の前の部屋には本が沢山積まれており、本棚にも本がぎっちぎちに無造作に入れられていた。 『まあ図書館並じゃないから地下もあるのだけど』 横で魔女が物足りなさそうな声で言った。ホントにこの魔女は物足りなく感じているのだろう。 まったく、なんなんだこの魔女は。 訝しげに魔女を一瞥して、 『んじゃ、ここの本の整理終わったら地下に来て。大丈夫、ここの本は全部読んだから。……そうねぇ、どうせ整理するならジャンル別にしてほしいわ』 そう言い残して魔女は床に手を起くと、地下に続く階段が出来上がる。 それをまじまじと見てる美鈴を魔女は一瞥して地下への階段を下っていった。 あ、と美鈴は思う。 よくよく考えると彼女の話術にまんまと引っ掛かった訳だ。 相手の本心を読んでそれを否定しルートを提示することで仕方ない、とやらざる得ないように誘導する。 しかもあの部屋に置かれている本は数十。本を少しだけ見せることで、これなら簡単に出来そうだ、という心理を突いて、この数百の本を最後に見せた。 全く、彼女には勝てそうに無いですね──。 まぁ元より彼女に召喚された時点で勝ち目が無いのだけど。 はぁ、とため息をついて本を片付けようと一度に色々な本を手にとって空いている本棚に入れていく。 本が本だけに、どれも重すぎる。タイトルだけでも『爆発』やら『魔界の生物』とか開いただけで魔法が飛び出てきそうだ。 実際、美鈴は本をあまり読まないせいか本に対して興味が無かった。 しかし、ここにあるノーレッジ家の本は世界に一冊しか無い本だったり、有名な本の原本だったりする。 けれども美鈴はその価値が分かっていなかった。 実の所、あの魔女も無造作に置くくらいだからこの本達の価値が分かっていないのだろう。 いや、それ以上の価値の書物が地下にあるのかもしれないが── 『終わった……』 体力に自信がある美鈴でも数百の書物を運ぶのはきついらしい。 それこそジャンル別に整理しないといけないせいか、整理のミスでまた本を移動させたりと、とにかく骨が折れる作業だった。 時刻はすっかり夜中。勿論、美鈴は夕飯を食べていないし、地下にいる魔女も食べていないのだろう。 丁度美鈴のお腹が鳴り、赤面する。 『……誰も見てないと分かってても恥ずかしいですね』 ああもう、と毒づいて地下への階段を下る。 ……不思議と、魔女に対して嫌悪感は抱かなかった。
「……朝かな」 どうやら美鈴は昔の思い出を回想していたら寝てしまったらしい。 あの寒空のなか、寝れるあたりやはり私は妖怪なのだと認識する。 ……周りが人間ばかりだと、私が人間なんじゃないかすら思えてくるから困る。 わあ、と美鈴は目を輝かせて街を見渡す。 魔女と食料を買いに外を出歩いた事ぐらいしか無い美鈴にとって初めて街の大きさを実感したのであった。 今思えば仕方なかったのかもしれない。 彼女が言うには世間的に魔女や人外とかは疎まれていく傾向があるのだと。 一般人と変わらない服装で歩いたらいいじゃないですか、と聞くと『それでも何かあったら嫌じゃない』と一蹴された。 後から聞いた話だが、教会とかいう組織には魔力を感知することが出来る奴がいるらしい、場合によっては処刑とか行われるらしく彼女が外にあまり出たがらない理由も分かった。……同時に彼女が部屋に篭って本ばかり読んでいる理由も分かった気がした。 「あー、眩しいなぁ、私にもお日様の日があたるならあの人にもあたってもいいじゃない……」 天を見上げ、誰にも聞こえない声で呟く。そして美鈴は今後について考える。 結局、この世界で一生過ごす気などさらさら無かった。 けれども帰る方法が無いのも事実。 「…………あれ?」 "家出"した時に忘れていた事──。彼女はあの体で家事は出来るのか、 朝食すら食べられないのでは? 「ああもう、私の馬鹿!」 格好つけた癖に、戻ってくるなんて物凄く格好悪いじゃないか……。 美鈴は走る。 冬の朝は、寒かった。 昨夜、雪の道をとことこと歩いていた為か魔女の家には十分程度でついた。 「…………、こうなったら自棄です」 チャイムを鳴らし、家の扉を開ける。 扉が開いたということは、私が家出した後あの魔女は鍵を閉める為にベッドから起き上がる事が出来なかったのだろう。 全く、自分は何も分かっていなかったのだ。 「おかえりなさい、お腹が減ったから何か作って頂戴」 「は、はい……!」 彼女は分かっていたのかもしれない。 美鈴が、帰ってくる事を。 その数日後、魔女狩りが始まった── 「貴方の事だからあんな事言っても戻ってくるって分かってたわ」 「むー……、あまりそこは触れないで下さい。あ、お粥出来ましたよ!」 ベッドで寝ている魔女に美鈴お手製のお粥を持っていく。 お粥の作り方も彼女に教えてもらい、ようやく出来た代物だった。 「あ、熱いのは勘弁ね。少し経ってから食べるわ」 「そうですか、んじゃこっちのテーブルに置いておきますね」 美鈴が近くにあったテーブルにお粥の入ったお椀をそっと置き、ふと置いてあった新聞紙に目を落とす。 一面には、魔女狩り執行の文字。異端者や魔女を非難するような言葉がずっと続いていて心が締め付けられるような思いだった。 「魔女狩り、始まりましたね」 「そうね。あ、その新聞見せて」 「気分が悪くなると思いますが……、はい。一面にこの記事ですよ、嫌になっちゃいますね」 「あら大きく書いてるわね、……教会は力が怖いが為に力で屈する、か」 はあ、とため息一つ。 美鈴はそれを不安げに見つめる事しか出来なかった。 「怖い、ですか?」 彼女なら怖くないと思い、茶化すように美鈴は訊いた。 「…………当たり前じゃない、怖いわ」 「えっ?」 まさか、と思う。 魔女の力がどれだけ強いのか、美鈴が一番分かってるつもりだった。 だからこそ、ましてや"たかが"人間相手に恐れをなすなんてことに驚いた。 魔女は、美鈴の気持ちを知ってか知らずか薄く笑って、 「よく考えてみなさい、現に魔女が殺されてるのよ?魔女より強いのよ。  どんなに強くたって組織相手に一人はどうしたって負ける。  よくある"ファンタジー"に悪いやつらを一人で倒すなんて話があるけどそんなの無理。  ……第一に、私は魔法を戦いの道具にしたくないのよ。まあ、そういうことよ」 「じゃあ……、じゃあこのまま家に留まるんですか?」 「…………」 魔女が窓越しの外の風景を眺める。 ベッドの横には日が当たるように窓が設けており、太陽の光が燦々と照らしていた。 魔女狩りが始まってるならカーテンを閉めればいいじゃないかという美鈴の問いに魔女は逆に不自然だ、という事でカーテンを開けていた。 「……お粥が丁度いい温度になりましたよ」 「──ありがと」 魔女はまだ外の風景を見ていた。 ──数日後 …………。 魔女は見てしまった。 魔女達が手に釘を打たれ、磔にされて見せしめにしていたことを。 その意味が分かった。 教会の力を見せつけ、異教徒や人外、ましてや刃向かったものすら"このようにしてやる"という意味も込められているのだろう。 死すら叶わぬ最悪の見せしめ。 外の世界をあまり知らず、本と魔法だらけの彼女にとってそれはまさしく悪夢だった。 いずれ、私も彼処に磔にされるのではないかという恐怖に怯え、体が震えてくるのが自分でも分かった。 今美鈴は買い物に行っている。 やるなら今だ。 魔女は力を振り絞ってベッドから起き上がり、棚から星の形をした黄色の大きなブローチを取り出す。 派手なそれは、魔女の趣味でもなんにでもなかったが、美鈴が昔、欲しい欲しいと言われて渋々買ったものだった。 「そっか……、美鈴と出会ってもう一年過ぎたんだっけ」 そして私自身、もって数日だろう。 だからこそ私は美鈴に何もしてやることが出来なくて、美鈴を魔界に還す事すら出来なくて、自分が嫌になった。 私がいなくなっても"あの子"がやっていけるように、 星に、文字を彫る。 「龍」 その一字に全てを込めて、強く、優しく、全てを守れるように、と。 東洋の字で魔法によって彫られたそれはまさしく龍であった。 曰く、龍は何人よりも強く 曰く、龍は何人よりも優しく 魔界という、妖怪が住まう世界があるならば、もしかしたら龍がいる世界もあるのかもしれない。 走り書きで書いた便箋を添えて星のブローチと共に棚に仕舞うときだった。 ──突如、鼓膜を突き破るかのような爆音が響いた。 手にもっていたものをすぐさま後ろに隠し、魔女は咄嗟に風の魔法を発動させる。 教会の騎士がすぐそこまで来てる……? 否、もう来てる。 爆音の正体は扉を突き破った音だと分かった。 風の魔法で前方から来る騎士を吹き飛ばし、すぐさま結界を張り巡らし、外部から分からないように外から見えない壁を作り出す。 ここまで数秒しか経っていなかった。 騎士達は驚いたことだろう、吹き飛ばされて気付いたら目の前は扉が元通りになって、突入した途端見えない壁にぶつかるのだから。 はあはあ、と息を切らし、"久々"の魔法の行使に頭が朦朧とする。 美鈴は、美鈴は……?! 「買い物か……」 汗を拭い、これからどうするかを思案する。……籠城するしか、策はないのかもしれない。 それとも魔界や別世界に行くか?……無理だ、そこまで私に魔力は残っていない。 魔力は謂わば生命エネルギーだ。もうすぐ死ぬような奴に魔力なんてほとんど無かった。 結界を張ってる時点で寿命を縮めてるようなものだ、 魔女に残された時間は少ししか無かった── ああもう! と魔女は吐き出すかのように叫ぶ。 「最後まで平和に過ごさせてくれないのかしら──!」 ぼやきながら、次の手を考える。 相手は教会の狗と言えど、その集団的戦法と圧倒的な武装に国で一番強い組織とすら呼ばれている。 ……彼らに籠城は慣れてるだろう、特に魔女相手には。 足が震えてきた。 それが、久々に立ったせいなのか恐怖による震えなのか分からなかった。 最悪のケースを考え、そこからの最善策を導き出す。 ……あれ? 「私にとっての最善策は、なに──?」 私にとっての、最善策。 「なによ、美鈴はいないし籠城する意味すら無いじゃない……」 考えるとするなら、生への執着といったところか。 だけど、もって数日の寿命が数刻へと変わっただけ。 そう、ただそれだけ。 「──大丈夫ですか!?」 その声を聞くまで───。 魔女が振り返ると、そこには赤髪の妖怪が息を切らして買い物袋を提げていた。 魔女は驚きで目が見開き、咄嗟に星のブローチをさっと隠す。 「美鈴、どこから侵入出来たの……?」 問題はそれだ、侵入できる穴があるなら今こうしてる時間もない。 だが、美鈴から返ってきた答えは予想を斜めにいった。 「煙突ですよ、ほら私ってば魔法はあまり得意じゃないんですけど体術とか得意で。  脚力を活かしてこの家の屋根までジャンプしたんですよ。……まあ途中で鎧を着けた物騒な連中に槍で突かれそうになったんですけど」 そういいながら美鈴はあははと力なく笑って、緑色の東洋のドレスをぱんぱんと叩いて煙突から侵入したときについたであろう煤を落としていく。 「美鈴、今何時かしら」 「あ、ここから外の景色分からないんですね。えーっと、確か夕刻あたりだったような気がします。もうすぐ夕飯の時間です」 「ありがとう、美鈴よく聞いて。……私は教会の騎士達に狙われた、けど私には魔力が残っていないし、私に残された時間もない。だから美鈴、私は貴女に逃げて欲しい」 「なに、いってるんですか……」 美鈴の肩が震える。魔女は美鈴の優しさを犇々と感じてしまった。 ……どうか、その優しさだけは"変わらない"ように。 「貴女も逃げるんですよ!私と!それこそ、地の果てにでも、きっと私達二人を受け入れてくれる場所が!街が!だから、だからっ!  ……そんなこと言わないで下さいよ」 泣きの懇願。私だって、貴女ともう少しだけ普通に暮らしたかった。 でもね、それが無理という事は"魔女"である私が一番よく分かってる。 「ごめんね」 「だったら……!」 結局、私達はどこにいったとしても、何れにしろ私は死ぬ。 ……美鈴を独りにさせたく無かった。 「よく聞いて、美鈴。この家の玄関を軸に二時の方向、その方向の先に、街外れの先にでっかい屋敷があるわ。そこには貴女みたいな妖怪も受け入れてくれる筈よ。……行きなさい美鈴。私には時間が無いの」 「そんな……」 「私が最初で最後に貴女に命令してあげる、私が言った屋敷に向かって幸せに暮らしなさい」 「…………っ、分かりました」 美鈴の涙を魔女が拭う。えっ、と溢す美鈴にくすっと笑う。 魔女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。 「これ、貴女に」 「これってもしかして……」 龍、と彫られた大きな星のブローチを美鈴に手渡す。 「ええ、昔買ったやつ。お守り代わりにどうかしら」 「この彫られた字は……?」 「それは漢字よ、龍っていう強い生き物。貴女にいろんな願いを込めたわ」 「ありがとうございます……、貴女の事は絶対に、絶対に忘れません──!」 「私もよ美鈴。この一年間、楽しかったわ。例を言うのは私の方かもしれないわ、ありがとう美鈴」 煙突へ続く暖炉の前で、魔女が美鈴を抱き締める。 あっという間のようで、二人には長い時間に感じられた。 「あ、くれぐれも騎士達を攻撃しちゃ駄目よ?貴女まで狙われる道義はないのだから、そうそう私の風魔法で一気に運んであげるから」 「あはは……、かたじけないですね」 美鈴が暖炉の中に入る。 端から見ればシュールな光景も、騎士達が取り囲んでいるとなるとシリアスとなる。 「最後に」 美鈴が口を開く。 「私は元の世界に戻れなくても後悔してませんよ、貴女に会えて良かった……!」 優しく、包み込むようなその言葉に魔女は涙が出そうになる。 こんな姿見せられないと、思い暖炉の背に立って話す。 「……また会えるといいですね」 「そうね、会えたら……。ふふっ、また会ったらそのお守りを頂戴」 「分かりました、大切にしますね」 「美鈴」 「なんでしょう」 「幸せに、なってね」 「……っ、はい──!」 刹那、風の魔法が美鈴を煙突の外へと舞い上がらせた。 これでいい、 これでいいのよ。 ふらふらの足でベッドにへと、向かう。 どうせなら、殺されたくない。 どうせなら、静かに死にたい。 そんな思いが頭を駆け巡る。 美鈴は無事あの包囲網から抜けられただろうか。 美鈴は、美鈴は───。 死期が迫っているのだろう、 美鈴との思い出が走馬灯のように思い出す。 いや、もしかしたらこれが走馬灯なのだろう。 この一年が、どれだけ楽しかったか。涙が出てくるくらい、輝いた一年間だった。 最初で最後の"友達" その友達に別れを告げて。 ベッドに眠るように、目を閉じる。 ……目を閉じても、涙が溢れてきた。 私が死ねば結界は消えるだろう、せめて、その時までは、あの頃を懐かしみ、眠りたい。 ああ、またあの頃に戻りたいな。 私にも、いや来世では、お天道様の光を浴びて、美鈴と散歩してみたいな。 そんな願いを、乾いた笑みで吹き飛ばし、 「あり……が…とう」 さようなら、 絶対に、忘れないから──

≫行間

耳を貫くかのような風の轟音、重力を無視するような風の力によって、美鈴は魔女の屋根へと舞い降りた。 周りに騎士がいることを懸念して、身を屈めながら周りを見渡す。 地平線の向こうは夕日が沈みかけようとしていた。 美鈴は彼女が言った方向を向いて、屋根から屋根へと飛び移れる場所を探す。 魔女の家から出てきたのだ、美鈴自身追われることは想定していたが、重たそうな重装備に足で勝負するくらいわけないと思っていた。 「……ありがとうございました」 深緑色の帽子に彼女から貰った"お守り"をつける。 彼女が美鈴の心の中で生きている印に──。 粗方、向かうべき方向のルートを考える。 屋根から屋根へと跳び移り、人が外出しない夜に道を走ることにした。 その時、教会の狗が家を蹴破る音がした。 騎士達の吠えるような雄叫びに、鉄の鈍い音が、一帯に響き渡った。 「…………ッ」 思わず拳を握ってしまう。 こんなに人間が憎いと思ったのは初めてだった。 今すぐにでも、この家を荒らす人間共を一人残らず血祭りにあげたかった。 ──その少女に、穢れた手で触るな、と 今にも叫びたい衝動なんとか抑え、畜生……!と小さく涙を堪えるように絞り出す。 一体彼女が何をした? 平和に、日の当たる場所で暮らしたかったのに──。 なんで、こんなにも、 この世界は不条理な出来事で埋め尽くされているのだろうか。 美鈴は走った。 あの後、あの家がどうなったのか分からない。 後ろを振り返ってしまったら、引き返してしまいそうだったから。 誰かにぶつかりそうになったり、馬車にもぶつかりそうになった。 だけど美鈴は立ち止まらなかった。 立ち止まったら、そのまま走れなくなりそうだから。 だから、美鈴は走る。 目の前の現実から、 この不条理な世界から。 街は美鈴の思っている以上に広く、大きかった。 ……あれから三時間、美鈴は走り続けた。 都会のような喧騒は消え去り、辺りは眠るかのように静まり返っていた。 「……はぁ……はぁ……」 美鈴の息づかいだけが、この静寂を切り裂いた。 走り続けたのがこの様だ。 足は笑えるくらい震えてるし、目元は涙で赤く腫れて涙を拭うことすらままならない。 ──けど、 「さようなら」 美鈴はようやく振り返る。 夜の外灯が美鈴を照らしていた。 そして、美鈴は街を出た。 それから屋敷への道のりは長くは無かった。 「……大きいですね」 遠目から見ても分かる大きな屋敷に美鈴は眼を見張る。 月光を受けたそれは、ある意味ホラーなのだが、そんな感じはしなかった。 けど、不思議な感じがした。 そもそもその屋敷から"明かり"が全然見えないのだ。 「それでも、私は進まないと」 そして、一歩、一歩を踏みしめる。 小高い丘に建てられた屋敷へと。 ざっ、ざっ、と屋敷へ向かうこと数十分。 美鈴はようやく屋敷の門へと辿り着いた。 「おかしいですね……」 美鈴は首を傾げる。 屋敷の門が無造作に開かれていたのだ。誰かが閉め忘れたか?と思ったがこのご時世にそんな間抜けはいないだろう。 「まあ、深く考えていたら埒があきませんしね」 美鈴は門の中に入った。 キィィーッと耳障りのような音が響き渡る。 そして、美鈴は目にした。 「これって……」 ──屋敷の扉は無造作に開け放たれていた。 屋敷の中のシャンデリアも何もかもが美鈴の立ち位置からでも見えた。 流石に、この訳の分からない"異常"に美鈴は身の危険を感じる。 玄関である扉が開けられていると言うことは、ここは空き家なのか。 いやそれとも誰も住んでいないのだろうか。……なら、あの魔女はそんな場所を私に託さない筈── 一陣の風が吹いた。 頬を撫でるような風に美鈴は顔をしかめる。 それは冬の冷たい風とか、そういう類いではなくて 「なんですかこの臭いは」 錆びた鉄のような、それでいて何か無機質な嫌な臭い…… まさか、 鼻をつまみながら、辺りを見渡し、 ふと美鈴の足元を眺め─── 「────ッ!?」 "それ"の状態に美鈴は咄嗟に後退る。 美鈴の足元には"血の"水溜まりが出来ていた。 それすら土に染み込み、まるで粘土のような色になっていた。 何故気付かなかったのか、というよりも、何故血があるのかという疑問に美鈴の鼓動が早くなる。 確実に、この屋敷に何かが起きていた。 美鈴は決死の思いで、屋敷の中に入る。 入った途端、絨毯がびちゃびちゃと音を立てた。 「嘘──」 指で絨毯にちょんとつけると、指は赤色に染まっていた。 絨毯に血が染み込んでいる……!乾いてないということは、この数時間の間に起きたということになる。 美鈴は屋敷の中を見渡す。 貴族が住むような豪勢な屋敷だった。けれどもシャンデリアの明かりは消えて、 光という光は窓から溢れる月の光のみだった。 そして、"なにもなかった" 血が大量に流れていると言うことは、当然死体がある筈なのだ。 ……それが、一つも見つからない。まるでマジックのように。 訳の分からない出来事に美鈴は困惑し、恐怖した。 不思議な感じがした屋敷も、今では禍々しく見えてしまう。 ぴちゃりと足音が聞こえた。 「あなた、誰?」 後ろから、冷たい言葉が聞こえた。 美鈴は振り返った。 ぴちゃりぴちゃりと、血飛沫が音を立てた。 声の主を直視する。どうやら女性のようだった。 金の艶やかな髪の毛を伸ばし紫のドレスに身を包んでいて、手には日傘を携えていた。 端正な顔立ちだな、と美鈴は心のどこかでうっすらと思う。 「……貴女、妖怪ね」 「えっ、いやその……」 女性の図星ともいえる指摘に、美鈴はたじろぐ。 少し前まで教会という組織が魔女を殺していたのだ、下手に答えてしまったら──? 「……ま、いいわ。"彼の"約束じゃあ"この門を含めた一体の土地"だったし。  それに、妖怪がこの世界にいるのは住みづらいでしょう……?」 「え……、ぁ」 決めかけていた。彼女が教会の人間なのか。 というか彼女の言っている意味が分からなかった。 けれど徹底的なのは、何故妖怪なのだと分かったのか、そして教会や魔女というキーワードが出てこない。 「貴女に聞くわ。あなたはこの世界に留まりたい?」 この不条理な世界に……? 嫌だ、魔女がいない世界だなんて。 生まれながらにして運命付けられる、本人が望んでも叶えられない、そんな世界に、私は──。 「いや、です───」 金髪の女性が、笑った。……そんな気がした。 そして私の目の前が真っ暗になった。 フッ、と糸が切れたように。

≫後編

────………。 「…………んっ」 鳥の囀りが聞こえた。 次いで、日の光を感じた。 目蓋の裏が熱い。 意識が覚醒し、美鈴はよろりと立ち上がる。 ……いつの間にか気絶してしまったようだ。あれはなんだったんだと思い、辺りを見渡す。 どうやら、私が倒れていた所は血が溢れた絨毯から少し外れた場所だった。 そして、溢れる日の光で美鈴は朝なのだと認識する。 「こんな気味の悪い所に長居しない方がいいですね」 そう呟いて美鈴は屋敷から出る。 太陽が昇ったせいか、この屋敷をまじまじとみると赤を基調にした屋敷なのだと分かった。 辺りは草原が広がり、その向こうには大きな湖が広がっていた。 ……湖? 変な胸騒ぎがして美鈴は走った。 門をはね除け、"まっ平らな"草原を翔る。 ……まっ平ら? 確かこの屋敷に来たときは丘の上にあった筈──。 美鈴は走る。 湖に向かって。 それが本当なのか確かめたくて。 「……嘘」 湖に駆け寄る美鈴。 ちゃぷん、と湖に手を入れたら少し冷たかった。 ……頬をつねったら、痛くて、これは夢じゃないのだと確認する。 湖の向こうを眺める。 森林の向こうには私が見たことのない、山々が聳えていた。 「そうだ、あの女性は」 咄嗟、周りを見渡しても女性の姿はおろか、人の影すらなかった。 はぁ、とため息を漏らして、宛が無くなった美鈴は途方もなく歩き続けるのも嫌なせいか、 あの気味の悪い屋敷に戻るしかなかった。 なにがなんだか分からない、と呟いて。 屋敷に戻りながら、美鈴は周りを眺めながら考える。 ひんやりとした風が吹いているが、昨日や一昨日のような冬の寒さとは違った。と、すると。 あの女性が言っていたことは、 ……、ん、女性? 「あれ……?」 屋敷に現れた"人間"は誰だった? ……いや、そもそも私は誰かに会ったか───。 ズキリ、と頭が痛くなる。 あれ?あれれ?と美鈴はもう一度"屋敷で起こったこと"を回想する。 何かが、何かが自分の中で消えかけていた。 屋敷に入り、血で濡れた絨毯に驚いて、気絶した──? いや、多分、きっとそうだ。 でも、身体が凍てつくようなこの感覚は何? 美鈴は金髪の女性と出会った事を忘れていた。 出会って数十秒という僅かな時間、けれどもその原因たる数十秒の記憶が朝霧のようにぼやけて、消えていた。 屋敷についた。 いつのまにか、門と玄関の扉が閉じていた。 ということは誰かいるということ? 美鈴は深呼吸して、拳をぎゅっと握りしめる。 どのみち、この屋敷に頼らざる得ないのは美鈴が一番分かっていた。 門を開けて、屋敷の扉に手をかける。 ───ギイィィィ と軋む音と共に扉が開け放たれる。 「あなた、誰───」 美鈴は呆気に取られた。 目の前には自分より一回り小さな少女が一人。 薄紫色のローブに紫の長い髪をしていて、顔は色白、寝ていないのか目元に隈が出来ていた。 ──そう、あの魔女に似ていた。 「あ、あっ……」 「もう一度聞くけど、あなたは誰?」 「と、通りすがりの旅人ですっ!」 「旅人ねぇ……、んじゃこの世界に詳しいのかしら?」 「この世界?」 「屋敷が一夜にして門を含む一帯をどこか別の場所に移動したらしいの、貴女は私達の世界の人?」 「はい。旅の途中で迷っちゃって、あはは、まさかそんな"ファンタジー"みたいな事が起きるなんて」 嘘を、ついた。 もしかしたら、という結末が怖くて。 「あの、お名前は?」 「名前を聞くなら名乗ってからじゃない?」 「あっ、私は美鈴っていいます」 「美鈴、ねぇ。私はパチュリー、パチュリー・ノーレッジよ」 それが、美鈴とパチュリーの出会いだった。 ノーレッジ……。 やっぱり、と美鈴は思う。 魔女がこの屋敷を教えたということが、理解出来た。 ……妹を、よろしく という事だろうか─── そんな事を考えたら、もうあの人がいないのだと現実を突きつけられたような気がして哀しくなった。 「あなた、行く宛はあるの?」 「いえ全然……」 「寝床と食事を提供するから、手伝って欲しいことがあるの」 「手伝って欲しいこととは……?」 「主に力仕事」 「あっ、私、力仕事は得意なんです。ぜひやらせてください!」 パチュリーは微かに安堵の顔を見せた。 美鈴には何があったのか分からないが、絨毯の血といい何かあった筈。それが気になって仕方がなかった。 「さ、扉の前にいないで中に入りなさい。……歓迎するわ、美鈴」 あれっ? なんで呼び捨てなんだろうと思いながら"館"の中へ足を踏み入れる。 「どうしたの?」 「血が……」 「あれ、消し忘れたかしら?風の魔法で頑張ったつもりなのだけど」 「あはは……、"やっぱり"魔法使いさんだったんですね」 美鈴は一人納得した表情だった。 「わあ、広い館ですね」 「その割には人が全然いないんだけどね」 気が動転していたせいか、あれだけ不気味に見えた館も明かりが射し込み、 パチュリーの魔法で絨毯が綺麗になり、その考えを改める事になった。 とにかく貴族っぽい。その言葉に尽きる、と美鈴は思った。 「人が全然いない……、ってこれだけ大きな館をよく管理出来ましたね」 「ああ、いや今から管理するのよ。地下に本やら食糧やら蓄えてるのがあるからそれを貴女に手伝って欲しくて」 「地下もあるんですか!分かりました」 上手くはぐらかされたことに美鈴は気付かないまま、魔法使いは地下室が好きなのかと半ば真剣に考えながら、パチュリーに先導されていく。 パチュリーに先導されてやってきた地下は、どこか鉄の臭いがして美鈴は顔をしかめる。 パチュリーは鼻が慣れたせいか、そんな臭いもお構い無しに歩いていく。 地下には沢山の部屋があり、地下で何年も生活出来るようになっていた。 寝室にはベッドやらもきちんと揃えられており、がらんとした館には不釣りあいな数だった。 「ま、こんなにあるし1日で。とは言わないわ、二週間くらいで館の部屋に全部戻せればいいわ」 「えーっと、この部屋は?」 「寝室は……、まぁ運び出すときに案内するわ。場所覚えたら一人で頑張って」 ベッドや大きなものはどうやら魔法で動かすらしい。パチュリーが手をさっとあげてベッドを動かした時は驚いた。 私の仕事はどうやら、大きなものにはいっているものを運ぶ仕事のようだ。 クローゼットにあるものやベッドなシーツや枕を持っていけばいいらしい。 枕やシーツを出来るだけ手に抱える。抱えようとしたらシーツが絡まってパチュリーに笑われてしまった。 「ちょっと、笑わないで下さいよ!」 こんな私にも、 「だって可笑しくて。……っ、くくく……」 ……日常への道が、視えた気がした。 はやくもシーツや枕を持っていく場所を覚えた美鈴はまさに水を得た魚だった。 たったったっ、と枕をいっぱい抱え込んで走る姿はまるで何かに急かされているようであったが、 そういうのを抜きにして彼女は早かった。 「この館の構造が分かってきたんじゃない?」 「はい、お陰様で」 そんな会話を交わしてそれぞれ運び出す部屋へと向かっていく。そういえば、と美鈴はふと思う。 あれから数時間が経ったが、未だこの館でパチュリー以外の人影を見ていなかった。 パチュリーの発言から少数ながらも人はいると思っていたが、がらんとしていてその少数のレベルを越えていた。 うーん、と美鈴は思案するが何も答えが出ずにその疑問は宙をさまよう。 あれから部屋を六つほど片付けた。 "窓があまり無い"ないなぁと思いながら、美鈴は二階にあるとある部屋でベッドメイクしていた。 この部屋には幸い、窓が一つ設けられておりその向こうには闇─── つまりはもう既に夜を迎えていた。 「───貴女、誰?」 ベッドメイクが終わり、終わったー!と心の中で叫ぶより先に、少女の声が後ろから聞こえた。 幼い声のようなのだが、どこか冷ややかな鋭さを持ったその声に美鈴はどきっとする。 ぎこちなく振り返れば、そこにはパチュリーと同じくらいの背丈の少女がいた。 ただ、彼女の背中には黒い双翼が広がっていた。 「あっ、えっと──」 「ああパチェが言ってた人かしら?手伝ってもらってありがとね」 「は、はい。こちらこそ寝床を貸していただいて……」 「そういう取引だったのね、まあいいわ。……それより貴女の名前は?」 「美鈴です」 「美鈴、ねぇ。姓は?」 「いや実は無くて」 途端、彼女の赤い目が鋭く光った気がした。 美鈴より一回りも小さな少女にはパチュリーとは違う何か、風格のようなものを備わっているような気がした。 「それじゃ駄目」 少女が美鈴に歩みよる。 音もたたないその歩き方はまるで幽霊のようだった。 「名前は運命を司るくらい大事なものなの、それを蔑ろにしてはいけない。……美鈴、手を出して」 「は、はいっ」 そっ、と手を差し出す。 それを少女が美鈴の手を両手で包み込んだ。 ……少女の透き通るような白い手は、少し冷たかった。
あれから一分ほど経った気がする。 少女は美鈴の手を握ったまま、目を閉じて静止していた。 微かに聞こえる呼吸の音がこの部屋を支配した。 「……そう、だったのね」 少女は一人納得したように呟いた。 そして美鈴の手をようやく離し、一歩引いてクスリと笑った。 「私はレミリア・スカーレット。……この館の」 レミリアはハッと一瞬顔を崩した。 「この館の、主よ」 そう告げたレミリアはどこか寂しそうだった。 この少女が、この大きな洋館の主……? 訝しげに彼女を見て、どこか美鈴と違う何か大きな原因が分かった。 彼女にはまずもって気品と無駄が無い動作の一つ一つが彼女自身を彩っていた。 この少女は食事とか歩くときも無駄が無くて綺麗なんだろうなぁ、と美鈴は考える。 「美鈴」 「はい」 「パチュリーに貴女の身の上話をしちゃ駄目よ」 「えっと……、どういう?」 「パチュリーはここで育ったの。ましてや家族と繋がりがある貴女がパチュリーにその事を伝えたらどうすると思う?  ……きっと探すわ。姉を、家族を。でも"死んだ"なんて信じられないし、言えない。  結局は何も出来ないままパチュリーを深淵の闇に引きずりこんでしまうかもしれないから」 「お嬢様は、友達想いなんですね」 郷に入っては郷に従え、と聞いたことがある。 やはり寝床を貰っている(予定)せいか、その主人とあれば敬意を表して言葉遣いも引き締まるのであった。 「パチュリーは……、ああ私はパチェって呼んでるけど。パチェはね、私の最初の友達なの。何年も、何十年も前からの、ね」 私もあの魔女と、レミリアとパチュリーのようにそんな固い絆で結ばれていたのだろうか── 過ごした月日はこの二人とは比にならないくらい短い。けれども、けれども……。 「なんだか羨ましいです」 誰にも聞こえないような声で、美鈴は自嘲気味に笑ってそう呟いた。 月日だけが、その絆の強さを測れはしないと分かっていても、釈然としない気持ちがした。 レミリアがくるりと背を向ける。 「見せてもらったわ、貴女の全てを」 淡々とした、それはまるで無機質に笑う天使のような冷たさがあった。 けれどもそんな不思議な出来事よりも先に美鈴はレミリアに訊いた。 「どう、思いましたか?」 飾り気の無いその冷静な言葉に美鈴自身驚いた。 レミリアは背を向けたまま答える。 「……言葉なんかでその人生を描けると思う?」 全く、その通りだった。 私の全てを言葉に表すほど薄っぺらいものでは無い筈だ、魔女との出会いも死も言葉だけで表すのなら、 そこに何を見いだせるだろうか、厚みすら無いそれに私は何を望んでいた? 愚問。 そしてその望みからは何もなく、ただの嫉妬心から来るものだと気付いて美鈴は自分自身が嫌になった。 これほど卑しい者だったか、と。 「貴女のその気持ちは、分からないでもないわ」 美鈴の心情を知ってか知らずか、レミリアは声色を変えずにそう言った。 「この一夜にあまりにも嫌な出来事が起き続けた、貴女が自棄になるのは仕方ないわ」 けどね、と言ってレミリアは振り返る。 「死を受け入れられなきゃ前には進めない、引きずって引きずってそれでも擦り減らないそんなの嫌でしょう?  貴女は表面上笑っていてもいつかその仮面は壊れる、その素顔に貴女は苦しむか解放されるか。  ……そうだ美鈴、ついてきて」 すたすた、とレミリアは歩き始めた。 美鈴は誰もいない部屋で呟く。 「もうぼろぼろなんですよ、私の仮面は──」 そして、少し遅れて美鈴はレミリアを追いかける。 レミリアの次の言葉を聞くために。 洋館の中は昨日のような不気味な暗さではなかった。 シャンデリアの灯が灯り、その柔らかい光は冬の寒さをやんわりと打ち消していた。
レミリアを追いかけて辿り着いたのは洋館の裏だった。 レミリアの近くには百合に鈴蘭に薔薇に……色とりどりな花が植えられていた。 「本当に、事が起こりすぎた」 レミリアはその小さな花畑に目を落として、声色を変えずに言った。 「……ごめんなさい、貴女と私は初めて会ったのに」 「いえ、大丈夫です」 だって、なんだか、 この洋館に私は"来なくてはならない運命"なのだと"思えて"きたから。 もしかしたら、あの魔女の死を受け入れられるような気がして。 「昨日の夜、ここに教会の騎士がきたの」 レミリアは続ける。 「狙いはスカーレット伯爵。世間から見放された人達を拾い、食事を与え、仕事を与えて……。  本当に素晴らしい人だった、誰にも平等に接し、別け隔て無く心の底から平和を願っていたわ。  けど教会はそれをよしとしなかった、異端な人達を集めて決起を呼び掛けているという疑惑を擦り付けた。  ……伯爵は決起なんてことはしないと言っていたわ。そして、教会は伯爵を殺した。  いやそれだけじゃなかったわ、私たち以外の113名の"家族"を葬りさった」 「そんな……、酷い。だってその伯爵さんは──」 「本当にお人好しだった、最後は教会に私の首の代わりに皆に手を出さないでくれ、とまで言ったわ」 ああ、この少女と私は似ている。いやパチュリーも含め、 私達はどこか通う部分があるのだとレミリアの話を聞きながら美鈴は思った。 「113本の花。……ここはね、私が即席で作った皆のお墓。  パチュリーには墓なんて未練が残るから作らないなんて言ったけど、やっぱり作ってしまったわ」 美鈴は改めて小さな花畑を、一つ一つの花を見てレミリアがここに連れてきた意味を理解する。 「私達の世界は、なんでこんなにも理不尽な事でいっぱいなんでしょうか」 「少なくとも私達は、そんな理不尽な犠牲の上にいるということを忘れちゃいけないんだと思うわ」 「そう、ですね」 月光が照らす花畑は、 幻想的で、哀しかった。 あの絨毯の血も、 不気味な程明かりが無かったあの日のことが、 レミリアの語る言葉によって、美鈴は理解した。 ならば、その渦中にいて生き残ったパチュリーはどうだろう? 誰よりも体が弱いというのに、誰よりもこの洋館を再興しようとしている。 そこに、姉が死んだなどと言ったら───。 「お嬢様は運命ってものを信じますか?」 レミリアは星空を見上げる。 雲一つない、綺麗な夜空だった。 満天の星空に、オリオン座や白鳥座が煌々と輝いていた。 手に届きそうな月はこの世界を見下ろしているようだった。 「こんな腐れきった運命なんて、信じないわ」 「──私もです」 「だからね、私は自ら運命を切り開くわ。運命に従うんじゃない、運命を従わせるの。  運命に従っていた私はもういない、私は私なりにこの洋館を守り、何れは…………」 「何れは?」 「"伯爵"のように、在りたい───」 「……きっと、なれますよ」
「さ、帰るわよ。パチェが待ってる」 「その前に一ついいですか?」 「手短にしてくれるのなら」 「お嬢様と初めて会ったのに、こんなにも距離が近くなるなんて思いませんでした。  もしかしたら、これこそ"運命"だったりしませんか?」 花畑を背景に美鈴は笑う。 その笑顔にレミリアは胸が締め付けられそうになった。 レミリアはそれを右手で制し、 「運命、なのかもね。いやそれよりも」 「それよりも?」 「いやなんでもないわ」 レミリアは美鈴に背を向けて少し歩いて、ふと立ち止まる。 一陣の風が、吹いた。 「"私達は配られたカードで勝負するしか無いわ"でも結局私はジョーカーにもキングにもなり損ねたただの吸血鬼。……ねえ美鈴」 「はい?」 「もしこの全てが誰かが"人為的に"引き起こしている、なんて考えられないかしら。  この悲劇も、葬り去りたい現実も、なにもかもが仕組まれているとするのなら、美鈴はその存在を何と例える?」 そうですね……。と美鈴は思案しながら、やがてポツリと呟く。 「──神、でしょうか」 「面白い事を言うじゃない。けどそれは正解であり、不正解ね」 「というと」 「私にはそれがなんなのかなんとなく分かるような気がするの。私達に"近くて遠いもの"それが運命の正体、そして例えるなら根源」 「根源、原点、みなもと……」 「ま、考えたって埒があかないしきっと私達には届かない、それこそ"真理"なんてやつかもしれない。  さっ帰るわよ。パチェが言うにはご馳走だって言ってたから」 「わあ、それは楽しみです!」 「ごめん嘘、地下にある食糧でなんとかするみたいだから、ここ数日は保存が効く辛いものか酢っぱいやつとか甘いものだと思うわ」 「……なんか凄く現実的でショックです」 「保存食だから仕方ないわ、肉とか魚なんて少し前まで一日で食べきらなかったら食べれなくなるんだから」 レミリアはそう言って美鈴を手招きして洋館へと帰る。 ──レミリアはそれ以降喋らなかった。
レミリアに連れてこられたのは大きな長方形のテーブルが置かれた部屋だった。 そこにはパチュリーと…… 「あれ、なんか増えてない?」 「こちらは妖精さん、どうやら迷い込んじゃったらしくてね。手伝ってくれたら食事と寝床をあげるなんて言ったら目を輝かせて手伝ってくれてね」 パチュリーの隣には妖精が一人、ちょこんと座っていた。 妖精の透き通るような透明に近い羽根を見て美鈴は元の世界の童話をふと思い出す。 「妖精なんているのね、全くこの世界はとんだ理想郷ね」 「今は人手が絶望的なんだからいいんじゃない?ほら愛嬌あるし」 「確かにいないいよりはましね。……あれフランは?」 「途中まで手伝ってくれてたんだけどね、今は疲れて寝てるわ」 「あ、あの」 「ん、どうしたの?」 「ご飯冷めちゃうかな、なんて……」 「それもそうね、レミィ早く座って食事にしましょう」
食事を済ませ、パチュリーに案内された寝室に入る。 ベッドが二つあり、片方は妖精のものらしい。ふかふかのベッドに妖精ははしゃいでいた。 「そういえば妖精さん、貴女の名前は?」 美鈴が訊くと、妖精はきょとんとして首を傾げた。 そしてそれを見ていたパチュリーが説明する。 「妖精は自然の権化なのよ、まあ簡単に考えれば小さな赤ん坊みたいなもの。意味を理解出来るけども言葉を伝えるのは得意じゃない、……てのを本で読んだことあるわ」 「あっなるほど。なんだかお人形さんみたいで可愛いですね」 「中には言葉を話せるような妖精もいるみたいだけどね」 「なんだか童話の世界に入った感じですね」 「童話だけだったらいいんだけどね」 意味ありげにパチュリーは笑みを作って、それじゃまた明日なんて言って部屋から出ていった。 おやすみなさい、とその後ろ姿を見送って、美鈴は妖精に向き直って自己紹介をする。 「私は美鈴っていうの、よろしくね妖精さん」 こくりと頷く妖精に美鈴は顔を輝かせる。 言葉が伝わるというのはこんなにも感動的なんだなと思って、美鈴は自分の身の上話を始めた。 薄手の白のワンピースを着ただけの茶髪の妖精は美鈴の話に熱心に聞いていた。 まさか、この妖精が後の一代目メイド長になろうとは誰一人思いもしなかった。
「レミィ、裏庭で何してたの?」 美鈴と迷い子妖精を寝室に案内して戻ってきたパチュリーがレミリアに訊いた。 そんなレミリアはワイングラスを右手にとって、窓に映るパチュリーを一瞥し、窓の向こうの景色を眺めていた。 「美鈴、だっけ。私は気に入ったわ。何より元気だし」 「レミィがそんな事であんなに話したりするかしら。……妖精はともかく、旅人という事以外何も知らないのよ?教会の奴らかもしれない可能性だってある、もしかしたら私達の財産を狙っているかもしれないのに──」 そして咳をして、最後に。 「レミィ、彼女の何を"視たの"?」 「全部、て訳じゃないけど。視たよ美鈴の過去を」 パチュリーは知っていた。 レミリアの力を、運命という誰からも縛られない間接的な抑止力を彼女はその力を用いて"過去"を視ることが出来ることを。 レミリア自身はその力に気付いていないようだけど、その力がレミリアに備わる運命を操る程度の能力の派生したものなのだと、昔、伯爵がパチュリーにこっそりと教えていた。 何故伯爵が知っていたのか今となっては分からないけども、その不思議な力は説明出来ないような、魔法みたいな力だった。 だからこそ、パチュリーはその不思議を平然と問うことができた。 「境遇が同じだったわ。教会に大切な人を殺されたの」 「へぇ……」 「そしていつの間にかここに流れ着いた、みたい」 「なるほど、で、これからどうするのよ?手伝いが終わったら美鈴はどこかにいくかもしれないわ」 「美鈴は……、ここに居ていいんじゃないかなって」 「……」 「ほら力仕事と雑用はテキパキこなせるみたいだし、召し使いとしてどうかしら」 「召し使い、ねぇ……」 「やっぱり体が弱い貴女に全てを任せるわけにいかないよ」 「ありがと、レミィ」 窓越しの魔女はくすりと笑った。 「最後に一ついいかしら」 ……今日は最後に何かを問われる事が多いみたいで。 「何を隠してるか知らないけど、いつか話して頂戴」 「……いつか話すわ」 「そう……、それじゃおやすみなさい」 「おやすみなさい、パチェ」 ガタン、と扉が閉まる音がして、パチュリーが出ていった事を確認して、一人寂しげに呟く。 「あーあ、ばれてたのね……」
「…………ん」 朝日が眩しくて、美鈴はその気だるい体を奮い立たせる。 ……といっても、伸びをして眠たそうな眼に渇をいれてカーテンを勢いよく開ける。 光に目が慣れていない美鈴は、うっ、と呻きカーテンを閉める。 まだ頭が覚醒していない美鈴はとりあえず辺りを見渡す。 赤の絨毯に羽毛のベッドが二つ、隅にはクローゼットが一つあるだけの部屋だった。 ちなみにベッドの一つには妖精がぐっすりと寝ていた。 時折寝返りをうっていてベッドから落ちるんじゃないかひやひやさせられる。 「そっか、ここにまだいられるんだった」 うわごとのように呟くと、美鈴は一人顔を洗いに湖へ向かうのだった。 冬のひんやりとした空気に美鈴は少したじろぎつつ、湖まで歩いた。 太陽は既に真上にあることから、自分は長い間寝ていたのだと知る。 ……まぁ、昨日は一日中走り回っていたのだから仕方ない。 湖は日光に照らされて輝いて見えた。 美鈴は手をお椀にして、水をすくってバシャバシャと顔を洗う。湖の水は物凄く冷たくて、美鈴の頭は一気に覚醒した。 「はぁ」 深呼吸して、その空気の美味しさに心が踊った。 湖の向こうには森や山しか無くて、人工物など何一つ無かった。 「今日も頑張りますか」 そんなことを自分に言い聞かせて、美鈴は館へと走っていった。 「ねえ美鈴、ここに住まない?」 家具の移動の手伝いが終わり、夕食時に(レミリアは朝食らしいが)レミリアが訊いてきた。 美鈴は一瞬ぼーっとしたような顔になって、 「……へっ?」 なんて間抜けな声だろうか、と 美鈴自身思った。 「だ・か・ら、私の召し使いになりなさいってこと。あとついでにそこの妖精も」 今度は命令形だった。 だけどそれよりも、ここに"住んでいられる"という事に美鈴の将来が晴れ渡った気がした。 「は、はいっ、ぜひ!」 妖精も首を縦に振って目を輝かせる。 ジェスチャーに関しては妖精が一番うまいんじゃないかとレミリアは心のどこかで考えていた。 「そうね、召し使いになったあかつきに特別にパチュリーからご褒美が」 「へっ!?なにそれ聞いてないわよ」 「えー、何も用意してなかったの?」 「う、うん……」 「ということでご褒美はまた今度!」 そんな会話が続き、食卓は良い雰囲気が漂っていた。 ちなみにレミリアの妹のフランはもう少し夜が深まってから起きて、 朝日が昇る時間帯に眠ったりするそうだ。流石は吸血鬼、夜型の生活だった。 「いやー、こんなふかふかベッドで毎日寝られるなんて本望です!」 「うん!」 「うふふ、妖精さんもそう思いますか。って、えええ!?」 夕食を済ませ、部屋に戻ってくつろいでいた美鈴と妖精はさっきの出来事を(美鈴が一方的に)話していた。 「えーっと、もしかして喋れるようになったとか?」 ふるふる、と首を横に振る妖精。 そして、あっ!と美鈴を指差して、 「め……いりん?」 「おおおおおおおおおっ!!」 「めいりん!」 妖精が名前を言って感動する美鈴。 あまりに感動したせいか妖精を抱き締めてしまった。う〜、と唸ってるけど気にしない。 「わあ……、めちゃくちゃ嬉しいです」 結局、その後も眠くなるまで(美鈴が一方的に)話をしたが、 どうやら「うん」と「美鈴」の二つの単語しかまだ言えないようだった。 それでも、美鈴はなんとか妖精に言葉を教えようとしたが焼け石に水だった。 言葉の意味を理解しているあたり、この妖精が一人前に喋られるようになるのも早いんじゃないかと美鈴は眠る間際に思った。
次の日、パチュリー曰く 「毎日やってるから疲れてるでしょうし、今日は一日中休んでていいわ」 と言って今日は休みとなった。 実際、妖精や美鈴がテキパキとやっているせいか、当初思ってた二週間で終わる手伝いも、三日経った今、 あと二日程度で終わる算段となっていた。 「で、なんの用かしら?」 暇をもらった美鈴は地下の部屋でも一回りも二回りも大きい図書館へと赴いた。 図書館とは名ばかりで、まるで地震の被害にあったかのような本の乱雑さに美鈴は驚いた。 そんななかパチュリーは一人、魔法を使わずに一つ一つ本棚に本を入れていた。 「本は地上に出せば日光で傷むかもしれないからここに置いとくのよ」 「なるほど」 パチュリーは手短に美鈴に説明すると作業に戻った。 「任せてください、不器用な私ですが、本の整理は得意なんです」 「貴女が?本を?」 「ええ」 「いい?本を棚に入れれば良いってわけじゃなくて」 「ジャンル別に、ですよね」 「…………」 パチュリーは美鈴の申し出に訝り、その真意を読もうとした。 けれども、善意から来る美鈴の申し出にパチュリーはその意図がなんなのか分からずに、渋々本の整理を任せた。 本は繊細で、この本の山には世界に一つしかないオリジナル───原本が数多く埋もれていることを知っていたパチュリーは不安げに美鈴の様子を本を読むふりをしながら眺めていた。 なるほど、と思った。 まず手慣れていたのだ、本のジャンルを調べる為に本の内容を読む愚者がいるが、整理の為ならば目次か最後の題目の"つまり""要するに"等の接続語を探せばそのジャンルが分かる。 手際よく整理できたせいか、パチュリーが本を一冊読み終わる頃には収納された本が綺麗に並べられていた。 「本を整理するのは、得意なんですよ」 どこか陰りのある言葉に、 パチュリーは違和感を覚えた。 けれども、ニコニコして笑っている美鈴をみてそれは杞憂なんじゃないか、疲れてるのでは、とその考えを打ち消した。 だけど、その台詞を言ったときの美鈴の顔が忘れられなかった。 そういえばと、パチュリーは読んでいた本を閉じてふと思案する。 ──ほとんど読み尽くした筈の図書館の本なのに、 賢者の石の本を見つけて以来、"パチュリーの知らない本が図書館に現れた"のだ。 それは珍しい本だったり、原本だったりととても貴重なものばかりだった。 だがどれも煤が被っていたりと微妙に傷んでいるという共通点を見つけた。 だから、何 となるが、その"不思議"に何かしらの共通点を見つけると言うことはその不思議を解明する一歩なんじゃないかと思う。 「けれど、分からない。人為的なのかそれとも……」 結果、パチュリーは多くの魔法を知ることが出来たし、 その豊富な知識を磨くことも出来た。 本を読んでいるときにふと考えてしまう、不思議に、パチュリーはただ受け入れるばかりであった。 不思議、といえば赤髪の少女だ。 最初に会った時は見境なく助けを求めようとしてたまたま彼女に手伝って貰ったけれども、彼女が旅人なのか些か微妙な点がある。 あんな軽装に何の準備無しに旅人、だなんてね 他にも、その旅人というものを覆す理由は幾らでもあるが結局のところそこから出される答えというものは、 "美鈴が嘘をついていた"という一点に限る。 そういえば、 彼女は"あの"レミリアと仲が良くなった。 私に何かを隠してる。 しかも、それはレミリアと美鈴が繋がっているかもしれない秘密を。 私に"いずれまたその時に"とさき伸ばしされる、それは、どうやらその時が来たら明かされるらしい。 「考えたら埒があかないわね」 「何を考えてたのかしら」 「あらレミィじゃない、散歩はどうだった?」 「面白いくらいに人間は見なかったわ、代わりに妖怪やら妖精やらがわんさか。元の世界だったら教会は恐怖するだろうね」 レミリアが鼻で笑う。 その鼻で笑った相手が、私達の身内を何人滅ぼしたのか。そんな嫌な考えが浮かんでしまう。 「レミィ、その教会は私達───」 「分かってる、分かってるわ」 「召し使いも、魔女も、優しかった皆が、その鼻で笑った奴に殺された!!私達は……何も出来ずに、見ることしか出来なかった」 「ぱ……、パチェ?」 「伯爵も、何もかもが!あの夜に全て奪った!その代償は何?あなたの妹?違う!私達は───」 「やめてください!」 パチュリーとレミリアの成り行きを遠くから眺めていた美鈴が吼え、静かに二人の下へと歩いてきた。 滅多に叫ばないからこそ、パチュリーの激昂を止められた。 「美鈴」 レミリアが呆気にとられていた。 それはパチュリーも同じだった。 無表情なそれは、まるで仮面を被ったように何を考えているのか分からず、無機質の恐怖を醸し出していた。 「失礼します」 ───パァン 乾いた音が、部屋に響いた。 美鈴はパチュリーの頬をはたいた。パチュリーは自分の頬に手をあて、美鈴を睨んでいた。 「そんなこと、言わないで下さい。確かにお嬢様の言葉と態度が気に障るのも分かります。けど───」 美鈴は哀しげに、最後の言葉を付け足す。 「どう足掻いたって戻ってこないんです、人を、生き返らせる事なんてできっこないんです。  だから、だから!恨んでも、帰ってこない。"不条理な世界"から私達は出られたんですよ。  だったら……、だったら、せめて、犠牲になった人の分も背負って私達は幸せにならないといけない……!」 美鈴の静かな、けれど力のある言葉にパチュリーは胸が締め付けられる。 私は、私は──── ただ、美鈴の言葉に頷く事しか出来なかった。 「パチェ、……ごめん」 「いや私こそ悪かったわ、ごめんなさい」 しんみりとした空気のなか、 美鈴はその光景を微笑ましく眺めていた。 結局のところ、パチュリーもあの悲惨な出来事を乗り越えていなかったのだ。 この館の再興に人一倍頑張るからこそ、複雑な胸の内を隠していた。いや抑え込んでいたというべきか。 「美鈴もありがとね、なんかすっきりしたわ」 「いえ、こちらこそ殴ってしまって」 「いいのよ、お陰で目が覚めたわ」 「この際だし、パチェ。貴女に言うことがある。いや言わなきゃいけない」 「それって、いつか話す、っていう……?」 「ええ、でも私なんかより美鈴から話した方がいいかもね」 「え、私ですか?」 「他に誰がいるのよ」        こほん、と美鈴が咳を一つしてパチュリーに向き直る。 あまりの真剣な表情にパチュリーは一瞬たじろぐ。隣に座っているレミリアはその真剣さに、くくくっと笑っていた。 やがて、美鈴の口が開く。 「私は、」 その口から明かされる、 一つの真実。 「私は、ある人に召喚されたんです」 その時が、きた。 「その人って……?」 パチュリーが訊くとレミリアがしーっと人差し指を起てて制した。 「ま、最後まで聞きなさい」 「その人は魔女でした。とても強くて、とても優しくて。とにかく凄い人で私にとって尊敬する人でした」 二人は美鈴の話に聞き入っていた。 まるでお母さんが絵本を読んでくれているような、静かで優しげな声に。 「そして私は魔女とずっと暮らしました、時には喧嘩したりありましたがそれでも彼女は召喚した私を決して召し使いにせず、一人の友達として対等に接してくれました。  ……彼女は有名な魔女の家系に産まれました。けど今のご時世、魔女が疎まれるこの時代です。彼女には姉妹がいたんです、けれども生まれながらにして貴族に引き取られた妹とその有名な家系の遺産を引き継ぎ、荊の道を歩んだ姉が。……魔女は荊の道を進みました。  人と交わろうとせず、ただ本を読み漁り、魔法の研究をして、そんな単調な日々が続いていました。  次第に彼女は病魔に蝕まれていきました。呼吸器系……肺の病気でした。次第に彼女はあまり動かなくなりました  そんな彼女を見るのが嫌で、私はある日逃げ出しました  汗水流して働いた金で薬を買って、ベッドに置いて私は逃げた。  ……あははっ、けど逃げ出して気付いたんです。私がいなきゃ彼女は何もできない、ご飯すら作れないんです。そんなことを気付いた時には彼女の家に向かって走ってました。哀しいですよね、カッコつけた癖に結局はカッコ悪くて……、でも彼女はそんな私を咎めませんでした。  いつも通りに、接してくれました」 話していくうちに、美鈴はあの頃に戻ったような気がした。この日常を話していたら、本当に戻れるんじゃないか、って。 けれども、美鈴は後戻り出来ないことも頭の隅で知っていた。 足掻いても足掻いても、その先には過去なんじゃなくて、未来なんだと。 「ある日、教会は魔女狩りを執行しました。……勿論私たちの家にもやってきました。  それを知らずに私は悠々とお使いに行ってました。」 騎士に囲まれた惨状を思い出す。 結界が何重にも家を守り、家自体に幻術の魔法で入り口が分からないようになっていたあの時。 「私がやって来たときには、彼女はボロボロでした。彼女の体は魔法をいくつも唱えられることができなくて。そして私にこれをくれました。」 美鈴は深緑色の帽子についている金の大きなブローチを指差す。 「強くなって、守りたい者を守れるように、そういう願いを込めて  そして彼女は私をこの洋館へ行けと言いました。何故なのか分からなかったけれど、  しかし彼女は最後の力を振り絞り、風の魔法で私を外へ導きました」 美鈴は顔を伏せる。次の言葉をい口にするのが怖くて。 「屋根に着いた私は、騎士達の怒号を聞きました。同時に何重もの結界が消え去り、それが、あの魔女が死んだという報せでした  そして私は此処へ辿り着きました。……そんな私でも一つ気付いた事があるんです」 美鈴はパチュリーを見据える。 「えっ……?」 「この世の中は運命なんていう不思議な力があるんだな、って」 「美鈴、まさかその魔女って」 はっ、とパチュリーは美鈴に問いかける。 その問いかけに美鈴は優しく答えるのであった。 「きっと……、いや絶対」 「…………」 「あなたのお姉さん、でしょう」 パチュリーの表情が固まる。 「そんな、そんなことって」 初めて知らされる姉の存在、そして死んでしまったという現実。困惑と絶望が入り交じり、パチュリーの手は心なしか震えていた。 そして眼前に聳える彼女は、"姉"が残した"形見"であり"親友"だった。 「…………っ」 ───堪えきれない。 全てがぼやけて見えた。 レミィも美鈴も、本も、なにもかも全てが。 私は知らなかった。 レミリアに出会うまではずっと本を読み続けている"孤独な少女"だった。 家族を知らないまま、百年の時を過ごした。 「だから、私は」 美鈴の声が聞こえた。さっきとは違う、はっきりとした強い、力がこもった声だった。 その声にパチュリーは見上げる。ああ彼女はこんなにも大きかったか、と。 「だから私は、貴女を守り続けます。それが私に課せられた使命であり罪だから」 その声に、涙が溢れた。 美鈴は右手を差し出す。 その手をパチュリーは握る。 暖かくて、優しい、手だった。 「私は貴女の虹になりましょう。見上げれば貴女をきっと笑顔にしてあげられるように──。」 そんな、役者っぽい台詞にパチュリーは顔を綻ばせクスリと笑う。 なんだか可笑しくて、 なんだか、暖かくて。 本当に、この少女は虹みたいな存在なんだな、って。 消えない虹。 本当に、貴女は消えないような気がして。 よろしくね。 そんなことを心の中で呟いた───。
fin...

あとがき

おはようからおやすみまでサポートするレクです。さて、DifferentStoryの最初の話です。 不完全な満月といいレクは紅魔館メンバーが好きなようです。ちなみに、時系列的に整理すると。 ツェペシュの儚き幻想→消えぬ虹に、消えぬ三日月→不完全な満月→紅き月と壊れた懐中時計。といった具合でしょうか。 けれど、ある意味この消えぬ虹に、消えぬ三日月は他の3つの話と全く別物……というわけではありませんが、少し違うものと考えていただければ嬉しいです。 読んで気付いた方もいると思いますが、ツェペシュに引き続き、伏線が拾われていたり、同じ伏線を引き継いでいたりします。 そして、この小説全体を揺るがす部分も、また然り。Anotherで完結していると思ったら大間違いです(( Anotherは上巻、Differentは下巻といった具合でしょうか。 紫「それよりこの小説の解説しなさいよ。いつもやってるじゃない」 ■魔女 最初はこいつパチュリー? みたいに思わせる描写にしました。 私の中の魔女はパチュリーより身長が高くて大人びてるイメージがあったりします。 ともあれ、結界を何重にも張り巡らすことからその実力は紫クラスぐらいはあったのではないでしょうか。 まあ身体的な面からもその膨大な魔力を一気に使うという事は無かったと思われます。 ともあれ、彼女が何故スカーレットの元へパチュリーが引き渡されたのか、何故屋敷(本当は洋館)場所を知っていたのかと考えると、彼女の素顔が垣間見れるんじゃないかなと。 魔女が疎まれた時代に、身内を探しつつけるというのは困難を要した筈です。 彼女はもしかしたら、魔女らしい魔女でありながら、人間の一面を持っていたのかもしれませんね。 ■その後の話。 美鈴はレミリアから紅の姓を貰ったりなんだり。そこら辺の物語は書けたらいいなー。と。 紫「そうだ一つ聞きたいことがあるわ」 ん、なんでしょうか? 紫「前々から気になってたんだけど、後書きをあとがきって平仮名で書くのはなんでかしら?」 あー、それはですね。RAVEっていう漫画の単行本の後書きスペースが"あとがき"って平仮名で書かれてるんですよね。 きっとそれの影響です。いやー、ジークかっこいいよね。あの伏線は鳥肌が。 紫「あともう一つ、前々から気になってたんだけど。このあとがき自体、いらないような気がするわ」 …………。 09/7/26-28 記

 

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