夢は貴女と共に



 




メリー、隠すの下手なんだから だから私も騙されてあげる 何かあったか分からないけど メリーと、また逢える日を信じて 私は待つよ、いつまでも 謝らないで、貴女は悪いことをしてないから だから私は笑う メリー、私は笑って待っているから 「許してあげる」

「遅刻よ、蓮子」 「あれ今は……、17時52分、ありゃ遅刻しちゃった。ごめんごめん」 「正確な時間が分かるのにそれじゃ駄目じゃない」 「いやほら、まあ、その……」 「言い訳無用。どうせ図書室にでも行って本読んでたら時間が過ぎたってことかしら」 「メリー、何で知ってるのよ!?」 「いや、私も図書室にいたから」 蓮子とメリーは最後の高校生活を過ごしていた。 季節は秋、読書の秋なんて言うが、この時期になると受験生が図書室を利用し、優雅に読書なんてしてられない。 邪魔するなら帰れという無言の圧力である。そして連子はそんな空気を読まず、平然と図書室にある難しい本を読んでいた。 欠伸をしながら読んでいるが、見掛けによらず博識でそれでいて変人だ。 変人というのは、変わり者の事を指すが、連子にはその言葉がよく似合う。 「待ち合わせは17時30分よ」 「あら、メリーの腕時計少し遅れてるわよ?」 まず第一に、彼女は空を見上げるだけで現在の正確な時間を把握できるらしい。 秒数まで正確に分かる事から、蓮子の特技とみた。 個人的には太陽の位置や影の角度から複雑な計算をして時間を導き出してると思っていたが、どうやらそういうものじゃないらしい。意識すれば手にとるように分かるようだ。 まったくもって便利な特技だ。 けど彼女はそれを上手く活用出来ないようだけど。 「これで、よし……っと」 「ありがと、って二分しか遅れてなかったのね」 「二分でも遅れてたら困るでしょ?」 「貴女は何分遅れたのかしら」 「分かった分かった、今度パフェ奢るから、ほら機嫌直してさ……」 「仕方ないわね、まあいいわ今日は久しぶりの"友人"に会うからよしとするわ」 「おお、良かった良かった」 ふう、と蓮子がため息をつく。 メリーが、さ、行きましょと言って目の前の石段を登る。 ──これは、蓮子とメリーが体験したとある秋の不思議な物語。 「いつ来てもこの石段は慣れないわ」 「ホント、いつまで続くのかしら……」 「パフェの他に何か一品追加したい気分だわ……」 「……帰りはファミレスに決まりね」 その会話を最後に、二人は無言になり長い石段を登っていく。 秋の18時というのは夕焼けから夜の闇に染まる、ちょうど境目だ。 メリーが後ろをふと振り替えったら、地平線に太陽が沈みかけていた。 「……登りきった──!」 数分後、二人はようやく長きに渡る石の階段を登りきった。 あまり運動をしてなかった二人は息切れしながらも疲れた表情は見せなかった。 蓮子が背伸びをしながら、前に歩き始める。 ───守矢神社。 それが私達の目的地だった。 「お待ちしてました、お二方」 目の前には緑髪の巫女装束をした女性が、いや少女が一人。 名前は東風谷早苗、この神社の巫女でどうやら非常に運が良いことで有名だった。 「久しぶり、学校に来なくなったから心配になってね」 「そうそう、蓮子ったら失踪したとか縁起でも無いことを言うんだから」 「あはは、ごめんなさい。神社の手伝いで学校いけなかったの」 早苗が丁寧語から普段の言葉遣いになる。 彼女から丁寧語と巫女装束を取ったら普通の女子高生なんじゃないかとメリーは思う。 いや、早苗が学校に来てた頃も普通の女子高生だったんだし、そりゃそうよねと一人自己解決をして早苗を眺める。 「ごめん早苗、遅れちゃって」 「ん、大丈夫大丈夫。どうせなんだし夕飯一緒に食べない?」 「あら、ご馳走になっていいのかしら?」 「ええ、私が腕によりをかけておもてなしするわ」 早苗がはにかんだ笑顔を見せ、そして「あ」と蓮子とメリーの後ろを指差した。 「あら」 「お」 茜色に染まった空や雲、そして、 黄金色の夕日が、地平線に沈んでいて綺麗だった。 「綺麗……」 まるで、"夢で見たような"景色だった。 「それで、早苗は大学いかないのね」 「ええ、神社の仕事で一杯一杯だしね」 母屋のとある和室で三人はくつろいでいた。 早苗曰く、既に料理は出来てるらしい。用意周到とはまさにこの事だろう。 蓮子はというと、大きなちゃぶ台におっかかって「飯はまだかー」とうめいていた。 「二人はどうするの?この時期じゃあ皆受験モードじゃない、随分と余裕みたいけど大丈夫なの?」 「あ、私とメリーは既に大学受かったのよ」 「ああ、そっか、二人とも頭良いもんね」 メリーは全然頭良くないというジェスチャーを交えて首を横に振る。 蓮子はというと逆で、まあねぇ♪、と調子に乗っていた。 「そういや今時、神社ってどうなのさ。今じゃ科学が発達して月に旅行できたり仙人掌エネルギーなんてのが発達してる世の中じゃない、そこら辺どうなのかしら」 腹を空かせた蓮子が暇潰しに早苗に質問した。 腹を空かせたのに料理が来ないのは、単に早く食べちゃうと夜中にお腹が減るかららしい。 「確かに参拝客なんて微々たるものよ、神様に祈るくらいなら株価の市場を見てた方がいいなんていう考えの人が多いからね、しかもそれが私達みたいな子供までもが言う時代になっちゃったんだからびっくりよ。でも、少しでも参拝客、つまりは信仰があれば神社としては嬉しいな」 「あ、私達は参拝客?」 「信仰があれば嬉しいな」 「まあ……考えとく」 「ところで早苗、夕飯まだー?お腹が背中にくっついちゃうわ……」 「懐かしいわねそれ、子供の時よく言ったわ、今も子供なんだけれども」 「飯ー……もう7時だよ……」 「そだね、7時になったし夕飯にしましょ。メリー、ちょっと手伝ってくれるかしら?」 「ん、いいわよ」 早苗の後ろをメリーはすたすたとついていった。 メリーは考える。 この科学が発達した時代に、非科学的な、つまりは信仰などというモノは生き残れるのか、と 生き残れなかった時は、 きっと、誰も気付かず、完全に忘れられた時が来るんじゃないか、 つまりはそれが、現代における"死"なのだろうか。 誰の記憶にも残らず、 この世界から消えていく。 そんなのって、寂しい……。 「メリー、どうかな」 「お、美味しそうな肉じゃがじゃない!他にも南瓜の煮付けとか……、全部早苗が作ったの?」 「まあね、無駄に嫁入り修行してないもんね」 「あら相手なんていたかしら?」 「う……、さっ早く夕飯にしましょ!」 「はいはい、これを持ってけばいいのね」
「わあああああああ肉じゃがだあああああ」 「黙れ」 料理をちゃぶ台に置いていくと、腹を空かせた蓮子が味見させて!とどこからか仕入れたのか分からない爪楊枝を片手に私の手元にある肉じゃがを狙ってきた。 「もう少し我慢しなさい」 メリーに一蹴され、蓮子が黙る。それをみた早苗がくすくすと笑う。 やがて、早苗の作った料理が並べられ、ちゃぶ台の上には肉じゃがの他にも数々の和食が並べられていた。これには蓮子も感嘆せずにはいられない。おお……とうめいていた。 そりゃそうだ、蓮子とメリーはコンビニの弁当で済ませているからだ。 「……んじゃ、」 早苗が、手を合わせるのを見て二人が手を会わせる。 「「「いただきます!」」」 数十分後、三人は早苗の手料理を食べきり、床に伏していた。 蓮子に至っては食べ過ぎてさっきから無言で天井を仰いでいる。早苗とメリーは皿を重ねながらも、その動きは遅かった。 「南瓜のやつ……作りすぎたわ……」 「サランラップで包んで冷蔵庫にいれれば良かったんじゃないかしら?」 「……、確かに」 メリーは腕時計を見ると、既に20時を過ぎていた。この地域は22時を過ぎると高校生は補導対象になるのであった。つまりは、補導されちゃ進路に響くかもしれないので22時を越える前に家に帰りたいのであった。 「蓮子、蓮子ー」 「…………後は任せた」 「……全く。そうだ早苗、皿洗い手伝うわ」 「ありがと、一人じゃ大変で……」 重ねた皿を集め、台所へ持っていく。 台所はどうやら温かい水が出ないらしく、いつも冷水であらってるみたいだ。 「冬になっても冷水?」 「まあね、こればかりは流石に慣れないのだけれども」 「そりゃそうよね。あ、この洗剤つかっていい?」 「うん、そういやメリーは寮に住んでるんだっけ?」 「まあね、けど蓮子も寮住みよ?」 「そうなんだ、まあでも納得かも」 キュッキュッと皿を洗い、手が透き通るピンク色になった代わり、そこには綺麗に拭かれたいくつもの皿が鎮座していた。 ちなみに、二人が居間に戻ると蓮子は大の字で寝ていた。 連子を起こし、三人は少し駄弁った後、連子とメリーの二人は帰っていった。 壁に掛けられた時計を見るに、九時を過ぎていた。補導されないといいなと早苗は不安げに思い、乾いた食器を棚に戻していく。
「早苗ー、お友達は戻ったかい?」 後ろから、女性の声が聞こえた。 「はい、帰りました。お気遣いありがとうございます、夕飯は大丈夫でしたか?」 「まあ、なんとか。諏訪子と二人でカップラーメンに四苦八苦してた」 「あらら、申し訳ありません」 「ん、いいんだよ。今あるこの時間を大切にして欲しいからね」 「……?」 棚に皿を全て片付けた後、早苗は後ろを振り返った。 そこには赤い、紅葉色のような服に身に纏い、髪は紺色で、それは胡座をかいて早苗の方を眺めていた。 「神奈子様、夕飯は友達と三人で食べきりました」 「……へ?」 神奈子と呼ばれた女性が唖然とする。 いくら三人と言えど食べきらないから、残り物でも戴こうかと思っていたからだ。 「そうかい、……んじゃ諏訪子は「ただいまー!」」 神奈子の後ろの障子が勢いよく開け放たれ、そして威勢のいい少女の声が響き渡った。 「台所にお酒があったから持ってきたよ!さーて、南瓜の……、あれ?」 「ごめんなさい、食べきっちゃいました」 「そういうことだ、諏訪子、一緒に台所にいって何かおつまみを探そう」 「……お腹減った」 金髪のセミロングに、早苗より一回りいや二回りも小さい諏訪子と呼ばれた少女が、神奈子と共に台所へドドドドと向かう。 「……」 「……」 それを見て、早苗が、 「ごめんなさい、非常時の為の乾パンしか無いです……」 と、申し訳なさそうに言うのであった。 「乾パンねぇ……、水があればいいんだけど水あったところで飽きるし……」 「乾とか貴女の専門じゃない、ほらほら食え食えー」 「あぐっ……、ちょ、ああああ!?」 「……分かりました、料理作ろうにも時間が時間なんで何か買ってきます」 「あ、んじゃなんかおつまみで」 「私はえんどう豆!本物じゃなくてお菓子のやつ」 「はいはい、それまで散らかさないで下さいね?……では着替えて行ってきます」 「「行ってらっしゃいー」」 神奈子と諏訪子の二人が早苗を見送ると、それまで乾パンをそれぞれの口に入れるというしょうもない乱闘がピタリと止まる。 ……そして、諏訪子が小さく、ため息をつく。 「……、で引っ越しの事は話したの?」 「いやまだ言ってない」 は?と諏訪子が驚き、神奈子を睨む。 それをあしらうかのように神奈子は視線を逸らし、どこにでもない虚空を見つめる。 「どういうことよ、それ。現に早苗にはさっき来たように友達だっている。いくらこの神社をあの子が支えてるからって心はそんなに強くないんだよ?その事が分かってる───」 「分かってるさ」 神奈子が、遮る。 落ち着いた声で神奈子は続ける。 「分かってるから、辛いんだよ。私が言えば、早苗は私に対して笑顔を見せるだろう、私が私であるがために、早苗は笑顔で受け止めようとする。けど、一度部屋に戻ったら彼女はきっと泣く。それくらい彼女は脆くて儚い。だからだよ、早苗には無理させたくない。だけど、早苗も来なければならない。……迷ってるんだよ、私はどの選択肢を選べばいいのか」 「早苗は溜め込むタイプだからねぇ」 引っ越し、 つまりはこの顕界から別の世界、幻想郷へ"無理矢理"神社ごと移動する事だ。 理由は簡単、この顕界では神様を信じるような信仰が無くなったから── だからこそ、その存在の為にも是が非でも行かなければなかった。 「身勝手だって、つくづく思うよ」 二人の神様は一人の人間に頭を抱えた。 ──数分後 「やっぱりさ、言った方がいいと思うよ」 「……そうだな」 「早苗が行くって言うのなら、私達は早苗を命を懸けてでも守る」 「私だってそうだ、早苗を小さい頃から見てるんだ。娘同然だよ」 「それにしても」 「ん」 「……いや、やっぱりいいや」
「ただいま帰りました。スーパーがまだ開いていて良かったです」 「おお、枝豆スナック!」 「おお、酒に合うおつまみ!」 早苗がレジ袋を提げて帰ってきた。 腹を空かせながら真剣な話をしていた二人は眼前の物を見るなり、目を輝かせた。 早苗はレジ袋を卓袱台に置いて、買ったものを広げる。 二人の注文の品以外にも、食料や日用品を買っていたのだった。 「なあ、早苗」 いよいよ諏訪子が菓子を食べようとした時に、神奈子が口を開いた。 「なんでしょうか?」 「この神社を引っ越ししようと思う」 「……引っ越し?」 「信仰を得られないこの世界じゃ私達はやがて消えていく、だから別の世界に引っ越しするんだ。……早苗はどうする?」 何も、このタイミングで、と諏訪子は思った。 だがしかし、このタイミングでは無ければ神奈子が早苗に話を持ち込むのが難しいだろう。 仕方ないのかもしれない。心の中でため息をついて、神奈子と早苗を見守る。 「別の世界……?いや、仮にその別の世界があったとしても、この世界に帰れる保証は……」 「無い」 「……!」 「早苗にも友達がいるのだって分かる、だから断っても……」 「……行きます」 「えっ?」 望んだ答だった、 なのに、予想外の答だった。 神奈子は早苗の言った事を復唱する。 「後悔……しない?」 「はい」 「本当に?」 「ええ」 早苗が毅然とした口調で神奈子に答える。 「ただ」 「なんだい?」 「一つ、お願いして欲しい事が」 柄でもない、早苗の頼みに、 神奈子は更に驚いた。 早苗が部屋に戻るのを見届け、神奈子はため息をつく。 「はっ、早苗に行きたくないって言われたかったの?」 諏訪子が馬鹿にした口調で神奈子を問い詰める。 「違うさ、……ああもう、何を迷ってるんだ私は。早苗が良いと言ってくれたんだ、私は──」 「私はね」 さっきと一変、諏訪子は神奈子を宥めるような口調で言った。 「覚悟があるのなら、私は何も言わないわ。だけどね神奈子。迷ってるような生半可な覚悟じゃ"早苗を渡さないよ"……まぁ、早苗は誰のものでもないのだけれど」 「分かってる」 結局のところ、二人は同じ気持ちだった。 幼い頃から早苗を見ていた二人は早苗に苦労をかけたくない、そして早苗には出来る限り普通の人間として、生活して欲しかった。 ただ、そんな儚い願いも 「信仰を失う」そんな問題を天秤の秤にかけ、結局は早苗よりも自分だったのだ。 そんな自分の馬鹿らしさに、早苗を振り回すのかと思い、腹が立った。 「……今日はやけ酒だわ」 「ちびちび飲まなきゃすぐ無くなっちゃうからね」
「…………」 一人、薄暗い部屋のなかで早苗は涙を堪えた。 あの二人の前では毅然としていたが、それは心配させない為であり、決してそれを望んだ訳では無かった。 だけど、この神社の巫女となった時から私は"普通の高校生"という人生から大きく道が逸れる事を覚悟していた。 覚悟していたけれども、やはり辛い。 友達がいるこの世界ではなく、また違う世界。海外や月ならまだいい、帰る事が可能だから。けれど戻れない一方通行の場所に行く、それがもう後戻りが出来ない現実を目の当たりにしたような感じだった。 布団に倒れ込み、枕に顔を埋め、迫り来る涙と嗚咽を必死に抑え込む。 「……なんで」 神奈子様が言うには、明後日らしい。 いや正確には明日の深夜0時。その時、神奈子様の力で神社ごと「引っ越し」するらしい。どうやるのか分からないけど、本気のようだった。 「なんでっ……」 分からない 「なんで、私なの───」 いや、分かってるつもりだ。 ただ私は、東風谷早苗という"特別"を、認めたくなかった。 幸運の少女。 確かに私は運が良い。 テストの記号問題だってほとんど正確するし、赤信号には会わないし。 結局のところ、その程度の話だ。 神奈子様が言うには、私は奇跡を起こす力があると言われた。 けれど、奇跡って何?奇跡は起こすんじゃなくて、起こるものじゃないの? 私は困惑した、使いようによっては"世界が変わるかもしれない"この力に。 無意識下においてでしか、微々たる"奇跡"を起こせない。それは私が制御してるのか、それとも世界がそれを制御しているのか、分からない。 だからこそ、その幸運が、力なんだと言われた時は驚いた。 ああ、普通の人間じゃないのだと。 「…………っ」 抑えていた涙が、不意に溢れた。 枕に染みがついても、今はそんなこと考えられなかった。 そうだ、あの二人になんて言おう。 蓮子とメリーに、なんて、言おう? あのオカルトな二人の事だから、他の世界に行くなんて言ったらどんなことも調べあげて私の元へ必死に会いに来る筈。 けれどこれは私の問題、彼女達を巻き込みたくない。 「…………」 明日、二人に会おう。 涙で携帯の液晶が歪んで分からなかったけど、それでも、一字ずつゆっくりと打った。 送信ボタンを押す前に、気付いた。 「会って、どうなるっていうのよ……」 励ましてほしい? いや違う、思い出が欲しいんだ。 最後に会いたいという気持ち。 けれど後はどうなる? 私より彼女達の事を考えたらと考えると、身勝手な行動なんだと分かる。 結局は、彼女達の「後」の事を考えていなかった。 私が、嘘をついて海外に行くとか言えば見破られるだろうし、余計に心配をかけるんじゃないだろうか。 「バカ……、私、なにやってんのよ……」 我ながら、嫌になる。 私は「特別」という芯に「普通」を着飾っただけなのだと、 その「普通」が崩れ去るのが嫌なんだと。 つまりは最後に会うという特別が、私を普通に繋ぎ止める鎖を断ち切るという事に気付いた。 早苗は拳を作って、枕を何度も何度も叩いた。 それでも、涙は止まらなかった。 それでも、嗚咽感は止まらなかった。 ……それでも、私は彼女達にメールを送れなかった。 次の日、起きたら昼過ぎだった。 それもそうだ、泣き疲れて寝たのが日が昇る頃だったから。 最近は早起きしてたから、昼過ぎに起きるというのは何か違う感覚がするものだ。 目を擦りながらも、布団を畳み、障子を開ける。 障子を開けると、日の光で目が眩み、光に慣れるまで目をぱちぱちさせ、お昼はどうしよっかと考えた。 ……、冷凍したご飯があるから炒飯でいいかな。 そんな事をぼやーっと考え、居間によろよろと向かう。 「……あれ?」 居間には誰もいなかった。 普段は神奈子様と諏訪子様が寝転がってたりするのだけど、今日に限っていなかった。 代わりに、卓袱台に書き置きが一つ。白い半紙に筆ペンで書いたような字で、 「今日は諏訪子と一緒に遊びに行ってくる。夜の十一時までに帰ってくるから、よろしく。  神奈子」 と書かれていた。 これが、神奈子様なりの配慮なんだろうと思い、 なんだか、申し訳なくなってくる。 だって、結局は何も出来ないから。 漫画や、ドラマでみるようなお別れのようなシーンなんて、現実じゃ出来やしないのだ。 玄関を飛び出したって、私は蓮子やメリーの家をよく知らない。路頭に迷うのが目に見えてる。 体が、特別を拒絶する。 今日一日、普段通りに過ごせば、明日もまた、普段通りになるんじゃないかと錯覚する。 勿論、錯覚であって、これから起こる事を曲げたりなどは出来ない。 はぁ、 とため息一つ。 軽く伸びをして、 自室に戻り、いつもの巫女装束に着替え、昼ご飯の料理に取りかかる。 東風谷早苗の、少しだけの「普通」が始まる。 卵をとき、炒飯の素を解凍したてのご飯の上にかけて、フライパンで炒める。 数分後、 炒めた炒飯を皿にのせ少し遅い昼飯が出来上がった。 「いただきます」 手を合わせ、一人でそう呟いて食事を始める。 そういえば、久しぶりに一人でご飯を食べたのかもしれない。いつもは神奈子様と諏訪子様と食卓を共にしていたから。 「ごちそうさまでした」 炒飯を食べ終わり、意外と量があって作りすぎたかもしれないとお腹を擦ってため息をつく。 「…………」 皿を洗い、いつものように、神社の掃除を始める。 秋の境内は落ち葉が尋常じゃない。落ち葉に火をつけて薩摩芋とかを食べていたらしいが、それも昔の話。 今じゃ薩摩芋は"科学的"に作られているらしい。 まあ、月まで旅行で行けるようなご時世に、そんなことに驚くのが野暮なのだろう。 早苗はあまり街を歩かなかったし、俗世の情報源は新聞紙だけだった。 だからこそ、真実味を感じなかったし、"その程度"としか捉えていなかった。 けれど、どうだろうか、 この技術の進歩によって失われた伝統は幾つあっただろうか。 それこそ、数百いや数千もの伝統が忘れ去られた。 物質では言い表せない、それらは忘れ去られた事は、死を意味する事に同義する。 そう、この守矢神社も例外ではない。 だからこそ、その引っ越しの必要性も分かっていた。 茜色の落ち葉を箒で掃いて、一通り境内を掃除をし終わり、ふと早苗は境内から見える街の景色を眺める。 いつもの景色も、 今日で見るのも最後かもしれないと思うと、なんだか寂しかった。 「…………」 夕日が沈み、あの青空も茜色に染まり、星達が輝き始めた。 ……参拝客は来なかった。 秋の夜は冷える。 流石にこの巫女装束では、寒すぎる。早苗は箒を片付け、居間に早々と戻った。 居間に戻っても、部屋は静まり、そして寒かった。 それもそうだ、誰もいないのだから。 独りって寂しいな。 ストーブをつけて、その間に巫女装束から普段着に着替える。 程なくして、部屋が暖まり、壁にかけてある時計を見ると既に6時を過ぎていた。 「夕飯作らなきゃ」 冷蔵庫には何も無かった。 面倒臭くなって、夕飯も炒飯にする事にした。 今回は昼飯に作ったよりも量を減らそう。 「ごちそうさまでした」 食器を片付け、台所周りを掃除したら既に8時だった。 タイムリミットまで残り四時間。 けれど、なんらかのアクションなど、してなかった。 風呂に、いつもより長く入って、寝巻きに着替えた頃には9時を過ぎた。 「…………」 蓮子とメリーは、私がいなくなったらどんな顔をするのかな。 ……悲しませてしまうのかな。 携帯のメールを読む。 それらの日付は数日前のから一年前の古いものもある。 内容は、明日の時間割りとか他愛もない世間話。 それでも、それらの日常が大切で、いつまでも携帯に残していた。 そう、会うか会わないか、どちらにしろ友達を悲しませる結末だった。 ……無駄にした一日だった。 残り、三時間。これまでの数時間がどれだけ貴重なのか思い知った。 そして、私に何が出来るか考えた。 メール……、手紙だ。 手紙を書こう。
「結局、早苗はずっといたわね」 「……ああ」 神社の屋根に神奈子と諏訪子が座っていた。 早苗が境内を掃除してた時は見つからないようにと、はらはらしていたが、日が暮れてその必要も無くなり、二人は冷蔵庫から拝借したお酒とつまみを広げ、小さな宴会が始まっていた。 「ねえ、神奈子」 「ん」 「この世界は、好き?」 「微妙」 「そっか、神奈子らしいね」 「……諏訪子がそんな事聞くなんて珍しいじゃない」 「なんとなく。私はなんだろうな、何も感じないや」 「人間は神に勝ったのさ、機械を発明し、天気さえも操り、挙げ句の果てに植物を枯らし天上を越えて月にまでたどり着いた。私達の役目など、とうの昔に終えていたのさ」 「これからいく世界は、私達を必要としてくれるのかな」 「必要としてくれる筈さ、私は信じる」 「なら、私は神奈子を信じる」 「ほう、さてここらで一杯どうかしら」 「今日は満月、月見酒もいいかもしれないね」 「……諏訪子」 「ん」 風が強くなってきた。 月の角度から、そろそろ夜の十一時だということが分かる。 さっきまで楽しく話していた神奈子がさっと表情を変えて満月を眺めていた。 諏訪子はそんな神奈子を見て酔いが醒めた。 きっと、神奈子は最初から酔って無かったんだろうと思う。 「ありがとう」 真面目に言った神奈子が可笑しくて、 何故か笑ってしまった。 「……何がおかしいのよ」 「っ……、あははははっ!!」 涙が出るくらい、笑えた。 今更? けど、嬉しかった。 「バカ、私は早苗の為にやってるの。神奈子の為にやってるんじゃないもんね」 今更すぎて、諏訪子は照れ隠しした。 大国の神がその戦に負けた神に「ありがとう」だなんて笑い話がどこにある。 "そんなことを覚えてた"事自体、笑える。 「さて、時間かな」 「あら酔ってると思ってたのに」 「水増しした酒をちびちび飲んだって酔わないっての」 「確かに」 さて、タイムリミットまで一時間。 二人の神様は神社の屋根から降りていった。
二人が帰ってきた。 時刻は23時20分、ついに一時間を切った。 「ん、早苗、それはなんだい?」 「手紙です、私が急にいなくなったりしても大丈夫なようにと」 可愛らしい便箋が入った封筒。封にはカエルのシールがちょこんと貼ってあった。 一昔前の女子高生の手紙みたいだった。いや早苗も女子高生なのだけれども。 「二人は何をされてたんですか?」 早苗の突拍子の無い質問に、ギクリとする二人。 ……神社の上で早苗をずっと監視してたなんて言えなかった。 「さ、散歩だよ」 諏訪子が、思い付いたように話す。 神奈子もそれに合わせる。 「……お気遣いありがとうございます」 早苗は二人の神様に向かってお辞儀した。 二人は何もしなかった少女に、心を痛めた。
───二十三時四十八分。 神奈子様と諏訪子様は"引っ越し"のために御神殿の方に行った。 神奈子様によると0時になるまで神社の中にいて、過ぎたあとも神奈子様がくるまで出ちゃいけないようだ。 だから湯を沸かしてお茶を注ぎ、その時を待っていた。 魔法瓶にはお湯が入ってなかったため、水をやかんにいれて沸かせなければならなく、思いの外時間がかかってしまった。 そういえば、引っ越しは神社自体ならば、この手紙をどこに置けばいいんだろう。 私が持っていちゃ意味が無い。 残り10分、 急いで私は靴を履いて、神社の外に出た。 綺麗な、星空に、 大きな丸い、満月がそこにはあった。 秋の夜は肌寒く、微かに吐息が白く染まった。 よく見れば、オリオン座が夜空に鎮座していた。もうそんな時期なのね、と思い夜風を感じる。 神社の入り口の、石階段に腰を下ろし、手紙をそっと置く。 風に飛ばされないように、綺麗な丸石を手紙の上に置いた。 「後は───」 私がやるべき事は後一つ ──携帯電話を開き液晶画面が光り輝くなか、ボタンを押して耳に当てる 「もしもし、蓮子?」 「……お、早苗じゃない。どしたのー? 「なになにー」 メリー静かにっ」 「あっメリーもそこにいるの?」 「まあね、二人で勉強してたらこんな時間になってさ、挙げ句の果てに今日は泊まるとか言っててさ。あ、そういえば何か用があって電話したんじゃないの?」 「あ、うん、えとね……」 少し間を置いて、一言。 「家の用事で、しばらくの間会えなくなるの……」 「……えっ」 「急にごめん、でも二人を悲しませたくなくて──」 「…………」 蓮子の声が、聞こえなくなった。 変わりに、涙を堪えてるような微かな音が携帯越しに聞こえた。 いや、聞いてしまった。 覚悟していたとはいえ、胸が締め付けられるような感覚に、早苗も泣きそうになる。 「蓮……子…?」 「っ、あはははははは!!」 「蓮子?」 「何言ってんのさ早苗、でっかい神社残していくんだから帰ってくるんだよね?ま、その時まで待ってるから早苗は私達の事よりも自分の事を優先にしなよ、ね?」 「…………うん」 蓮子の言葉に、私は、本当の事を言えなかった。 「待ってるから」 その一言が、 嬉しくて、 けれど悲しくて。 「ありがと……」 涙声で、そう、言った。 「泣かないの、あ、メリーに代わるね!」 「あ、早苗?蓮子から聞いたのだけど……、私も待ってるから。その時は早苗に赤ワインでも……」 「っ……、あははっメリーったら酔ってる?」 「まあねー、まああれよあれ、……待ってるから」 「うんっ……」 「んじゃ、蓮子に代わるわね」 「まだ二十歳行ってないのに酒飲んでるの?なんていうツッコミはいらないからね!……こんな時間に電話ってことは、明日は会えないのかな?」 「会えない……、あ、けど」 「けど?」 「神社の前に、手紙を置いてきたの」 「手紙?」 「そう手紙。口頭だと恥ずかしくて」 「うん、わかった。明日二人で行ってみるよ」 「最後に……」 私は、一つ間を置いてこう言った。 言わなくちゃいけない気がして。 「二人に会えて良かった! 本当に、会えて良かった……、今までありがと……っ!」 「ちょっ!? さな───」 ──プーッ、プーッ…… 早苗は、電話を切った。 秋の夜空は、何も見えなくなるくらいぼやけて見えて、 けど、何故か清々しくて、 私は、くるりと向いて、神社へ走った。
───後日。 「…………」 「……蓮子?」 蓮子とメリーは気分転換に散歩にきた。 "なんとなく"二人は石階段を登っていた。 「この先に何かあったかしら?」 メリーが蓮子に問う。 「さあね、まあでもこの階段を登った先で見た景色はなかなかだと思ってね」 「ふーん」 なんだか、ここに行かなくてはならない気がした。 携帯をみたら、知らない人からの通話履歴が残っていたし、メールの受信箱にも差出人がわからないメールがいっぱいあった。 でも、気付いた時にはそれ自体が消えていた。 この事をメリーに話すと目を輝かせてミステリーだわ!と言っていたが、そういうんじゃ無いような気がした。 何か、大切な事を、忘れてる気がして。 けれど、何も思い出せなくて。 この、石階段の登った先に、 何かあるような気がして。 そういえば、気付いた時には私は泣いていたような気がする。 でもそれが何故なのか分からなくて、メリーも泣いていた。 時刻は0時過ぎだった。 結局、その後二人は睡魔に負けて寝てしまった。 今思えば、酒を飲んだ跡があった。 もしかしたら、酔った勢いでなんか話したのかもしれないし、違うのかもしれない。 「着いたー!」 数分後、石階段を上りきり、二人は深呼吸して目の前の光景を見た。 「なんだ、何も無いじゃない。なんかあると思ったのに」 「メリー、これ何かしら?」 蓮子が、表面が滑らかな丸石の下に置かれた手紙を指差す。 メリーがそれをとって、蓮子に手渡す。 「手紙、かな」 可愛らしい手紙。 カエルのシールで封をされたそれは、紛れもない誰かに宛てたものだった。 「……あれ?」 その手紙には、 宇佐見蓮子、そしてマエリベリー・ハーンへと書かれていた。 「私達に……?」 「開けてみましょ」 ぺりっ、とシールを剥がし、数枚の便箋が顔をだした。   『蓮子、そしてメリーへ    急に引っ越しをすることになって、しかもそれが二人に会う前に出発する事になってごめんなさい。    手紙なんてしたことないからなんて書けばいいのか分からないけど、とりあえず色々と書いてみます。    だけど、時間もあんまり残って無いから簡潔になるかも。    あはは、なんだか思った事を書いてる二人と会話してるみたい。        ……楽しかったよ。別れるのはつらいけど、また会える日を信じてる。    いや、もしかしたら戻ってこれないかもしれないけど、けどそれでもいい。ただ私を覚えてくれていたら嬉しいな。    私は二人の事を忘れないよ、絶対、絶対に忘れたりなんかしない。もし、もし私がここに帰ってきたなら、    その時は、二人と一緒にいろんな所に行ってみたい!    ううん、他にも三人でレストランとか行って、おっきなパフェも食べてみたい。    もちろん私の奢りでもいいから、行ってみたいの。 ……そろそろ時間かな。    ありがと、これがお別れにならないように、この言葉で締めようかな。    また会える日まで  』 差出人の名前は、書かれていなかった。 「約束、だからね。私は待ってるから──」 その優しい声に蓮子自身が驚いた。 そんな言葉が、自然と出たのだった。 自分自身約束など忘れている筈なのに。 「あ、あれれ。なに言ってるんだろ私ったら」 あはは……、と力無く笑って誤魔化す蓮子。 それをみて、メリーもうっすらと笑みを浮かべる。 そのぽっかりと埋まることの無い大きな穴は、あいたまま、けれどそれがなんとなく理解出来そうで、出来なかった。 早苗達は無理矢理幻想郷へと引っ越しをした。 外の世界で忘れ去られたモノが流れ着く世界に来た代償は、この世界に、この少女達に深い爪痕を残した。 無理矢理、幻想入りすることによって、 早苗という、少女、そしてそれに関わった事象が全て"消失"した そして、二人の神様についても神社の名残はおろか、何処かに眠る彼女らの文献すらも、消滅した。 世界の記憶から消滅することによって、 彼女らは理想郷へと赴いた。 それが、幸か不幸かは分からないけども。 「ねえ、蓮子」 「…………」 「風が気持ち良いわ」 「……そうだね」 結局は、 二人はどんなに足掻いた所で掴む事が出来ない答を目の前に、 結局諦めることでしか出来なかった。 ただ、二人はなんとなく気付いていた。 この手紙の差出人は、 私達の大切な、友人なのだと。 そして、私達は約束を守らなくちゃいけない。 『私達は待つよ、いつまでも』 一陣の風が、二人を通り抜けた。
fin...

 

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