八雲紫が愛した幻想郷



 


「霊夢ーお茶ー」
「ちょっと待ってて。……ってなんだ、紫じゃない」

冬の寒い日常が過ぎ、幻想郷にはぽかぽか陽気の春が来た。
ここ最近は白玉楼では花見を連日行っているらしい。
冥界なのに夜雀の屋台を呼んだり酒好きの鬼達がやってきていいのか、と思ったが
幽々子の「まあいいんじゃないの?」で一蹴された。

「無視しないでよ、ねぇ霊夢ったら」
「…………」
「お茶」
「…………」
「お茶ーお茶ー」
「…………」
「お茶をくれなきゃ……」
「…………」
「そこは反応しなさいよ」
「お茶を注がなかったら、何?」
「うーん、そうねぇ」

ずずー、といれたてのお茶を飲み、隣にいる紫を一瞥する。
紫はと言うと顎に手を当てて、わざとらしく悩んでるポーズをとっていた。


「……霊夢と結婚する!」
「死ね」 


「変な冗談やめてくれないかしら?」
「んー、私はまんざらじゃないわ」
「はいはい、……でわざわざここに来たのは何の用かしら?」
「お茶を集りに」
「集る……って、紫にはお茶を淹れてくれる式神がいるじゃない」
「いや飽きたからたまには霊夢が飲んでるお茶とかいいかなーと」
「……お茶一杯なら茶菓子と交換よ」
「交渉成立ね、ちょっと待ってなさい今取ってくるわ」
「取ってくる……、って隙間使えば簡単じゃない」
「ああそうだったわね、……よっと」
「わわっ、一杯出てきた!? 煎餅に、金平糖に……。なんだか私の知らない菓子も含まれてるみたいね」
「霊夢の口に合うか分からないけどね」

炬燵の上には、隙間から出てきた色んなお菓子があった。
どうやら紫は皿に入ったまま、まるごと持ってきたらしい。
霊夢は見たことのないお菓子に目を輝かせながら、煎餅を手に取る。

「結局煎餅なのね」
「楽しみは後でとっておくのよ」
「あ、食べる前にお茶お願いね」
「仕方ないわね、ちょっと待ってなさい。……あ、お茶淹れてる間にお菓子つまみ食いしないでよね?」
「はいはい分かりました」 




「はいお茶、熱いから気を付けなさいよ」

霊夢が紫の目の前にお茶の入った湯呑みを置く。
鮮やかな緑の湯を見る限り、霊夢もお茶を淹れるのが上手いのだろうと紫は思う。

「あら」
「ん」
「茶柱」
「きっと今日は不幸な事が起きるわ、うん、そうに違いない」
「あら霊夢ったらひどいのね、私は幸せよ?」
「はいはい」

霊夢が煎餅に手をつける。
紫はというと熱いお茶を冷ましていた。

「ねえ」
「んー」
「あんたは花見……ていうか、宴会に行かないの?」
「そういう貴女はどうなのかしら」

霊夢はうーんと背伸びして一言。

「面倒」

と、ぶっきらぼうに言ってお茶を啜る。

「紫はどうなのよ?いつも幽々子と飲んでなかったかしら、こんな時期に私の所にやってくるなんて珍しいじゃない」

霊夢が紫に訊く。
ようやく飲めるようになったお茶を一口飲んで紫は笑いながら

「面倒だから」

 と静かに応えた。

「あら、宴会の事でも気になるのかしら」
「いや別に」
「ふーん」

紫はつまらなさそうな顔をして煎餅を一枚とる。

「紫も結局煎餅なんじゃない」
「お茶には煎餅が似合うのよ」

パリッ、と煎餅を手で割る紫を見て霊夢が「口でそのまま食べなさいよ」と何気無い口調で言った。

「どんな食べ方したって美味しいものは美味しいのよ」
「まあそうなんだけどね」
「それにしても」
「ん」

紫が陽の当たる縁側の向こうを眺めながら、哀愁を感じながら呟いた。



「幻想郷は今日も平和ね」 




「平和かしら、ここ一年に何度異変があったと思ってるのよ?」
「あら、平和の何物でもないわ」

紫が縁側に立って、真っ直ぐ前を見た。
でも紫の視界は前だけじゃなくて──

「……そういえば気になってた、紫、あんたはなんでそんなに幻想郷の事考えてるのよ」
「ひ・み・つ」

霊夢は縁側でにやにやしてるのが目にとれた。
全く、胡散臭いことこの上ない。本当に考えてるのかすら疑ってしまう。

「はぐらかさないでよ、いつもそうやって……」
「分かったわ、なら教えてあげる」
「え?」

思いがけない答えに霊夢は煎餅を取ろうとしていた手が止まる。

「その代わり」
「その代わり?」
「宴会になんでいかないのか教えてくれたら、いいわ」

紫はまだ、向こうを見ていた。 

「……は?」
「貴女は勘は良いけど嘘は下手ね。まぁ、嘘はつくもんじゃないけど」
「いいわ、分かったわ。ただし他の奴等に教えちゃ駄目よ。恥ずかしいし」
「はいはい、分かったわ」

はぁ、と霊夢はため息をつく。

「私が行ったところで別に何にも変わらないじゃない、
 いくら異変解決して宴会の住人が増えたって私は人間よ、いつかは死んで忘れられる。
 だからこそ嫌なの。仲良くしてたら、私が死んだ時どうするのよ?どうせ辛気くさい顔して泣くと思うわ、それが嫌なのよ」

……思わず余計なことを言ってしまった、と思う。
そしてら、からかうと思ってた紫から意外な一言が返ってきた。

「優しいのね」

紫は続けた。

「けどね、だからって皆から忘れられようとするなんて無駄よ。
 初めて弾幕ごっこした時から絶対に忘れる事なんて出来ないのだから」
「なら、嫌われてもいいわ」
「あら、嫌な奴演じるつもり?無理よ、貴女は嘘が下手だから。諦めなさい、そういう運命なのよ。
 大人しく泣かれて辛気くさい顔で見送ってやるわ」
「…………っ、今日はどうしたのよ?やけに言うじゃない」
「いや別になんてことないわ、ただ霊夢には楽しく生きて欲しいから」
「ふーん、紫が言うとなんだか胡散臭くて」
「胡散臭くていいのよ、私にとっては」

霊夢がお茶を一口飲んで紫に訊いた。

「なんだかあんたに言ってすっきりしたわ、けど私はこの関係の距離が心地良いのよ。
 近づいたら自分が自分では無くなっちゃう気がしてならないの、いやもしかしたら周りが変わるかもしれないわ。
 それも嫌。あーあ、私ったらとんだ我が儘な女ね」

無理に笑った。
嘲るように。
もしかしたら自分に対して笑ったのかもしれない。
霊夢はそれが可笑しくて笑う。

「霊夢は霊夢よ、心地良いのならそれが良いと思うわ」


──笑い声が止んだ。


「そうするわ。……話が逸れたけど、理由は言ったわ。さ、紫の番よ」





全く、嘘が下手なんだから。 


彼女は、きっと人との接し方が分からないのだろう。
博麗の巫女としての立場、異変解決の巫女として、それに応えていたからこそ、分からない。
生まれながらにして負う宿命とは、罪なものね。
紫は霊夢に見られないように、一人、笑った。

「えーっと、何を言えばいいんだっけ?」
「簡単に言えば、幻想郷を愛してるのかってことよ」
「ああ、なるほど」

わざとらしく、こほんと咳を一つついて紫は言った。



「私はね、誰もが平和に楽しく暮らせる理想郷を作りたかった」



紫はまだ、前を見ていた。 
紫がどんな表情をしているのか、霊夢には分からなかった。
哀愁を感じてるのならそれは紫には似合わなさそうだし、普段胡散臭そうにしてる彼女がどんな顔して語るのか不思議だった。

「どんな弱い人間も、妖怪も、誰もが平等に、在ることが出来る世界を私は望んだ」

紫の声はいつになく冷静な声だった。

「とある大きな山を境界で引いて外界と切り離し、幻想郷、つまりは大きな山の一帯の並行世界を創り、
 外界から幻想郷へと至る物質的な干渉は出来るだけ消して、外界で忘れ去られたものが流れ着く、
 所謂幻想入りシステムを確立した。けど、問題があったわ」
「……問題?」
「力の均衡よ、それこそ忘れ去られたもの、つまり文化や妖怪には力を持つものがいたわ。
 それによって人間と妖怪の間には決定的な溝が生じ、力こそ全ての地獄絵図が出来た
 私は精一杯考えたわ、人間と妖怪が共存し、助け合い、平等に扱われるようになるような、そんなルールを。
 考えて、考えて、……けどそんな夢みたいなルールなんて無かった。外界ですら、そんなルールを諦めていた。
 そんな時に、ある1人の吸血鬼が数多の妖怪を従えこの幻想郷を覆そうとしたわ、圧倒的な力の前にひれ伏した弱い妖怪。
 事態は悪くなっていく一方よ。けれどその吸血鬼事件も過ぎて、私の元に一通の文が届いた」
「…………」

霊夢は気付いた、
紫が何を言おうとしてるのか、

「スペルカードルール」

紫が、はじめて、その単語を嬉々と言った。

「目を通して私は戦慄したわ、誰もが見つけられなかった"ルール"がそこにはあった。
 これなら、力をもて余した妖怪も、弱い妖怪も、人間も、妖精も、全てが対等になる夢のルールだった。
 私は、大妖怪という立場から慎重に行動しなければ無かった。私がルールを制定した所で、大半の妖怪が反感を買うのは分かりきっていた。そこで13代目の巫女にそのルールに改善を加え、巫女自身が、制定するような言い回しで私はその旨を文に託した」 
「あれは……そういう事だったのね」
「ルールは紅霧異変以降、瞬く間に広がったわ。効果は絶大。馴染む事無かった紅魔館の住人は人里から、妖怪からも理解され、平和になった。そして貴女が弾幕ごっこをして、それから輪が広がっていった。」
「大袈裟よ」
「人里から理解が得られたからこそ吸血鬼の食事となる血液も、人間を殺さずに、血液の代わりに紅魔館の食料を交換することで和解したわ。霊夢、貴女のお陰でこの世界に、一つの平和が完成した」
「…………」
「春雪異変、永夜異変……まだまだあるわ、けど最後は仲良く宴会をした。少し前まで敵だった者が、あっさりと」

霊夢は紫の背中を見ていた。
いや、見られずにはいられなかった。
大妖怪の彼女の、秘めていた思いに、気付いたから。

くるり、と紫は霊夢に向かった。

「ありがとう、霊夢」

今まで誰にも見せたことが無いような笑顔で、
大妖怪、八雲紫は笑った。 

「ばか、私は誰のためにもやってないわ、自分のためよ!私は平和に暮らしたいから、ただそれだけよ」

そう、全て自分の為に異変を解決しただけ、
だからそんなお礼を言われる筋合いは無い、ましてやあの紫が"ありがとう"?
……気持ち悪い。なんだかとても居心地が悪い。

「───ぁ」

けど、私は言ってしまった。
平和に暮らしたいからという、意思を。
意図せず漏れた言葉に、私自身が驚いた。

「私は……、私が分からないわ」

まるで、あの鉛色の空みたいに、お日様を鋼鉄の衣で包んだみたいに、私のもやもやを紫は──。

「霊夢には感謝しても感謝しきれないわ」
「……それなら何で今なの?言えるチャンスなんてたくさん……」

そこで気付いた。
霊夢と紫の立場が、
霊夢は博麗の巫女、紫は大妖怪の賢者、
そんな二人が仲良く話していたら、
大妖怪が人間と仲良くしてるという事実こそが、妖怪と人間との関係にひびを入れてしまうだろう。

「なんとなく分かったわ、けどじゃあ、なんで"今"なのよ?」

霊夢は勘が鋭かった。
自分自身、嫌になるくらい。
だがそのお陰で助かった時も何度もある。
けれど、こんなときに勘が働くのは嫌だった。

八雲紫の笑顔、
誰もが宴会に集まる……。
つまり、紫はここに霊夢しかいないことを知っていた。

「紫、あなた何を企んでるのよ?」 
「んー、やっぱり貴女の勘は鋭いのね」
「答えなさいよ」
「……今日はね」

紫がまたくるりと後ろを向いて、縁側の向こうの光景を眺める。
振り向き様に見た紫の顔はなんか、笑っているようにも見えて、


「今日は、幻想郷が生まれた日よ」 



「幻想郷が生まれた日?」
「ええ、そうよ」
「なんだ、またなんか異変を起こすのかと思ったじゃない」
「なんだとは何よ今日は大切な日なんだから」
「あー……」

霊夢は気付いた、
いつもはぐらかす話を今日に限って話した、その理由が。

「で、宴会でもやるのかしら?」
「いや、しなくていいわ」

懐にあるお茶は既に湯気がたたなくなり、温くなっただろう。
それを一瞥して、冷める前に飲もうと思いつつ、紫の話に耳を傾ける。

「少しで、いい」
「ん」
「少しでいいから、この世界の事を想って欲しい」
「幻想郷の事なんて考えたこと無かったわ」
「今日くらいは、いいでしょう?」
「……そうね」

霊夢も、紫のいる縁側に向かう。

「改めて見ると、綺麗ね」
「ふふ、私がいる間は絶対にこの風景を壊させはしないわ」
「私がいる間……って」
「ええ、この風景は百年、いや千年以上変わってないの」
「…………紫は、なんでそこまで出来るの?」
「だって、好きだから」

静かに、暖かな声で紫は言った。

「この世界が好き、この世界の風景が好き、この世界の人達が好きだから」
「紫……」
「だから、私は全て覚えてるわ。道端に落ちてる石ころだって私は忘れない。
 忘れ去られた者がここに流れ着くのなら、私は絶対に忘れはしないわ」
「……それは、私が死んでも?それから百年も千年も過ぎても、絶対に……?」
「ええ、絶対に忘れないわ。霊夢の髪の毛の数すら覚えてるんだから」
「───ばか」



これが、幻想郷。
紫が昔から、今も、そしてこれからも守っていく、幻想郷。
そんな事を考えたら、
紫がどれだけの想いで、今を作ったのか、
そんな、柄でも無いことを考えて──

「ん、霊夢?」
「あ"ーっ、今日はやけ酒よ!紫、酒持ってきなさい!」
「あら霊夢から誘ってくれるなんて嬉しいわ」
「いいから、酒とってきなさい酒!」
「はいはい」






「…………」









「感謝したいのは私の方よ」






霊夢は小さく呟いた。 






fin...

 

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